無謀な試みか、グラフィックスの可能性への挑戦か

 グラフィックは、だれが見ても一目で「そうだ」と同じ意味を受け取ってもらわないといけません。トイレのマークのように、誰もが瞬時にどちらが男性用でどちらが女性用かを識別できるデザインでないと、機能を果たしたことになりません。しかも奥行のある抽象概念はもっともグラフィックスにするのが難しい領域です。トイレの区分や、電車やバスの乗り場の案内とはデザインの次元が違う。「権力」という概念に、エネルギーを感じる人もいれば、搾取の対象を感じる人もいる。受け取り方が人によって違えば、伝達ツールとしてのグラフィックスの役割は果たせません。そのグラフィックの機能をつかって哲学用語を表現しようとした。その野心的試みこそ、この本の最大の価値でしょう。

 また複雑な概念を複雑なグラフィックで表現するのも本末転倒です。一目でわかる、あるいは伝える。本書の素晴らしい点は、どのグラフィックもシンプルさを重視している点で、数多くの要素をそぎ落とすプロセスを経てここに至ったことは容易に想像できます。

 ただ、一つ一つのグラフィックは、僕にとってかならずしも「なるほど」と思えるものだけとは限りません。「そんなものかな」と考えるものも多いのですが、それでも本書が魅力的なのは、この無理難題へ挑戦したからです。

 違和感は新しい創造を刺激します。では、自分だったら、この用語をどうグラッフィックに表現するだろうか。そう考え始めると、そのページだけで30分かかるほどです。自分でグラフィックスを考えようとすればするほど、その言葉の概念を深く考えることになる。さらに、哲学用語のみならず、人の感情や社会の構造を表現する言葉もビジュアルで表現できないか、などと想像が膨らみます。

 思えば絵画や音楽は、複雑な概念や想いを表現するために生まれたものです。それを考えると、哲学用語を1枚のシンプルなグラフィックで表現しようとするのはそもそも無謀な試みなのかもしれません。

 それでも本書は、グラフィックの可能性を追求しようとする意欲に満ちており、それが、概念とは何か、表現とは何か、そして「伝える」とは何かについて、読者に深く考えさせられる気づきを与えてくれます(編集長・岩佐文夫)。