そして、事業における幸せへの対峙である。企業は慈善団体ではない。また、どれほどCSRなどで社会的投資をしようと、企業自体が利潤をあげられなければ持続的ではない。つまり企業が人を幸せにしようと思ったら、そのコアビジネスの中でやらなければ意味がない。

 幸福のための投資を行うならば、そのビジネスが人々の心にどのようなインパクトを与えたかを測る尺度が必要となってくるだろう。これはいま急速に立ち上がりつつあるインパクト投資の分野や、社会的投資利益率(Social Return on Investment:SROI)設定の動きと軌を一にする。SROIは投資に対する社会的成果を測ろうとする概念であるが、社会的成果の中には人々がどれだけ幸福になったかという指標も含まれるべきだ。すでに国際社会では、社会と人々の幸福に多く貢献している企業がより多くの投資を獲得するという流れができつつある。日本企業はこの流れに乗り遅れてはならない。

 さらに、国際的に認知されている普遍的な価値や原則をビジネスに取り込む工夫も必要となるだろう。例えばサプライチェーン管理の中に「人権」を落とし込んでいく工夫として、「人権デュー・デリジェンス」という分野がある。もともとは衣類を生産するのに途上国の工場で過酷な強制労働が行われていないか、サッカーボールや玩具を作るのに子どもが働かされていないか、工場の稼働により地域の環境を破壊していないかといった受動的な配慮とリスク管理を行うことが目的であったが、それを越えて、子どもの安全を守るような家具をデザインする、障がい者雇用を通じて新しい市場を開拓する、高齢者が参加できる育児ビジネスを立ち上げるなど、能動的な経営戦略により人権を推進していくことで、市場で勝利するというシナリオを描きたい。

 実際、IKEA、Disneyをはじめとするグローバルで勝っている企業は、企業の目的として社会への貢献を明確に打ち出し、そのような「戦略的人権政策」によって覇権を築いてきている。私自身、現在この分野で日本企業をサポートしながら深く関わっており、大きな流れを感じている。

 また、事業の提供価値やリソース配分の中に「人の心」を取り入れていくとどうなるだろう。例えば、教育に関するビジネスを考えてみよう。昨今の教育分野でのビジネスは、タブレットなどのICT技術の導入や、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)での高得点を目指すための教育方法、さらに一歩進むと問題解決能力の育成などを主眼とした「21世紀型スキル」を身につけるための教育手法や教材の開発などに焦点が置かれている場合が多い。無論、教育の目的の一つは能力や技術の向上であり、それらが与えてくれる機会や可能性は子どもたちの未来にとって死活的に重要だ。

 しかし、生徒の心を真の意味で動かせるのは優れた教材でもましてやタブレットでもない。読者のみなさんは覚えているはずだ、唯一それができるのは先生だということを。逆に先生の人間性や質が生徒たちの心に与えるインパクトは決定的といえる。それならば、常に教師というレバレッジ・ポイント(梃子の力点)の役割を考慮し、ここに応分の投資を行う意味が出てくるのではないだろうか。

 日本のビジネスはこれまで、消費者の経済的利便性を最大化し、快適を実現するために奔走してきた。いまこそそうした単純な尺度から「脱皮」し、人々の心が求める「幸福」を実現するためのソリューションを戦略的に打ち出していくような経営が求められている。そうすることが、日本経済がグローバル経済の中で生き残り、勝利し、リードしていく必要条件ではないだろうか。