いまわれわれが「人を幸せにするビジネス」を真剣に、そして深く考えなければならない理由はここにある。つまり、国際社会や国際機関、学術界や各国政府が「心」の問題に関心を持ち始めているということは、これからの10年ないし15年のあいだにこの分野に多くの公共政策上のリソースが投入される可能性を示唆しているのだ。そしてこのリソースの中には、学術的・知的投資のみならず、財政的投資、そしてさらに重要なこととして政策形成とルールづくりへの投資が含まれる。これまでの15年間に国連ミレニアム開発目標が世界の貧困削減を目指した結果、世界経済全体がその方向性に影響を受けたように、次の15年は「人の心」への洞察とそれに基づく行動が国際規範と世界経済を動かすこととなる。

幸福を実現する経営

 では、具体的にビジネスの中で「人の心」を取り扱うというのは何を意味するのか。人を幸せにするビジネスと言っても、それは例えば表情から人が幸福かどうかを判断する技術を開発する、心の病を治癒する薬を開発するなどの単純なことを指しているのではない。もっと根源的なところで「幸せをつかむ」必要がある。

 企業経営において最も端的に、そして最初に考えなければならない「心」の問題は、社員という会社を構成する人たちの幸福であろう。特に日本においては「組織は人なり」という言葉は浸透しているように思えるものの、この言葉が組織の目的に人生の目的を合わせるために使われる場面に出くわすと閉口する。野中郁次郎氏が説いたのは、人間を人間らしく尊重し、かつ組織の社会的な存在意義を追究し、公共善を基盤とするような経営のあり方の必要性だったはずだ。いまいちど世界の潮流になっている幸福についての考察を深め、経営の中に実体的に取り組んでいくことこそが、「組織は人なり」の具現化につながる。

 ミシガン大学のスプレイツァー教授、ジョージタウン大学のポラス教授らは、そもそも仕事上の「成功」を社員の幸福という観点から定義しなおし、成功を実現させるための組織の条件として、〈1〉判断の裁量を与える、〈2〉情報を共有する、〈3〉ぞんざいな扱いを極力なくす、〈4〉成果についてのフィードバックを行うという方法が有効であると述べている(*1)。特に組織の目的を優先しがちな日本の企業において、このような評価軸で組織を組み立てなおしていくことには大きな意味があるのではないだろうか。

*1 グレッチェン・スピレイツァー、クリスティーン・ポラス「社員のパフォーマンスを高める幸福のマネジメント」(原題:Creating Sustainable Performance)『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年5月号。