このように小杉さんは、自らの専門性を示す「デザイナー」というカテゴリーのみならず、「消費者」や「大学生のバイト」、そして「経営者」といったカテゴリーも自らに適用しながら、視点の異なる「意見」や「質問」を巧みに展開し、最終的に企業理念の象徴としての「ロゴ」や「キャラクター」を、解決すべき経営上の「課題」として位置づけていったのです。

 おそらく小杉さんは最初からこのような「ゴール」を設定した上で、そこへ至る「ルート」を見つけるために、こうした様々な方法を用いていたのだと思われます。今回の対談で小杉さんが、一般的には「クライアント企業の課題を引き出す」と表現されるようなワークの中で行っていたことの内実とは、つきつめれば、「広告クリエイティブを用いて、企業理念の明確化とその伝達手段の改善を行うことが、クライアント企業の経営上の『課題』としてアクティベートされるルートを探るという活動」であったと理解することができます。

 そして、ここでの「課題」といったものは、もともと築地玉寿司に明確な形で存在していたものというよりも、広告クリエイターである小杉さんと、社長である中野里さんの対談という「相互行為」の中で作り上げられていったものと捉えることができるでしょう。

 今回の記事で分析した結果明らかになったことは、広告クリエイティブを用いたコンサルティング活動のごくごく一部に過ぎません。広告クリエイティブは「企業理念の明確化とその伝達手段の改善」以外にも様々な役割を企業経営の中で果たしており、そしてまた今後もよりその役割を拡大していくに違いありません。なぜならば、広告クリエイティブとは企業外の顧客とのコミュニケーションだけではなく、企業内の従業員とのコミュニケーションをもデザインして、企業活動そのものを推進していくための強力なツールとなりうるからです。

 そして、広告クリエイティブの役割とは決してどの企業にも当てはまるような普遍的なものではなく、個別の企業の経営上の文脈や状況の中で異なる意味を帯びてくるもののはずです。今回の記事で対象にした広告クリエイターのコンサルティングという活動も「ブランディング戦略」「コーポレート・アイデンティティ」「クライアントのインサイト」等の、広告やマーケティングの理論を用いて分析することもできたはずです。しかし、日本における広告クリエイターの状況のように、まだ「実際に何を行っているのか」が世間一般には広まっていないようなワークに関しては、こうした抽象的な理論を使って分析する前に、まずもって当事者である広告クリエイターの具体的な実践を丁寧に見ていくことが肝要なはずです。

 

【連載バックナンバー】
第1回「クリエイターは経営者の課題を引き出せるか」
第2回「対談1:クリエイターは経営者の悩みを引き出せるか」
第3回「対談2:クリエイターが経営者の課題をつきとめる」
第4回「対談3:クリエイターの提案は経営者に響くか」
第5回「対談4:経営者はクリエイターの提案から」