これは前回の「視点」の問題、つまり日本人は「失われた20年」という固定化した視点からしか労働市場を見ていないのではないか、という指摘ですが、学生にはそのような視点に捕われることのない柔軟な思考で就職活動に挑んで欲しいと思います。

 といっても、金融危機が表面化した際、いくつかの大企業が行った雇用契約の一方的な破棄は、就職活動をする世代にとってショッキングな出来事だったでしょう。それでも欧州諸国の多くで生じている、若年層の恐るべき失業率の実態を知れば、日本で就職活動をするのはそんなに悪いことではない、とその見方も変わるかもしれません。

なぜ、低進学率のスイスで失業率が低いのか

琴坂 就職活動といえば、欧州では若い世代にとって仕事探しが困難だと聞いています。とくに若年層の失業率は近年20パーセント以上で推移しており、現在でも10パーセントを上回ることがない日本の若年層失業率とは大きな差があります。スイスでも同じ状況なのですか。

ロッタンティ 実は、日本と同じように若年層の失業率は高くありません。一方で、日本との違いはスイスの大学進学率が驚くほど低いということです。2013年の大学進学率は、たった14%です。日本の50%以上と比較した場合、日本は、そこまで必要のない人的資本、高学歴な人材をつくりすぎているのかもしれませんね。

 ここで言及しておかなくてはならないことは、スイスには大規模な職業訓練の仕組みがあることです。これは職業専門学校と企業の連携によって、高校卒業者が実習生として標準化された職業訓練を受けることができるというシステムです。これが企業と若年層の間のミスマッチを防ぎ、低い失業率を実現している1つの要因です。

ブリント 加えて、日本との大きな違いを、学生の視点から考えて1つ挙げるとすれば、授業料が日本よりもはるかに安いことですね。教育には国からの大きな支援があるため、たとえばチューリッヒ大学では、スイス国籍の学生の場合、1学期あたり720CHF(約9万円)、外国籍の場合でも1220CHF(約15万円)の負担で済みます。

 また、スイスは開放経済の度合いが非常に進んでおり、国際的な人とモノの取引きがとても活発です。2007年以降、3億人のEU国籍者がスイスの労働市場に実質的なフリーアクセスを持ち、スイスで働くことができる状況です。しかも賃金は、隣国のドイツ、フランス、イタリアの2倍以上、その他多くのEU諸国と比較しても5~10%高いため、スイスの労働市場には激しい競争があるのです。にもかかわらず、2013年における15~24歳の若年世代の失業率はわずか3%ほどでした。

ロッタンティ もう1つの違いは、スイスの企業には一般的に、日本のように洗練された、複数段階の採用手続が無いということです。それは、仕事に不適合と判明した人材を容易に解雇できるからです。学生の視点からみれば、仕事探しが難しくない一方で、採用されたからといって、その仕事をずっと保持できる保証もありません。良い意味での緊張関係が継続しますね。

琴坂 つまり採用されてからが勝負ということですね。ところでブリントさんは、自分の研究成果を日本の大学生に紹介して、その反応を見たことはありますか。私はときおり学生たちに、今日の日本で生活できることはとても幸せなことだ、と伝えていますが。

ブリント 実は数ヶ月前、同志社大学のセミナーで研究の一部を発表する機会がありました。その時ある女子学生が、発表を終えた私に「まるで噓のようです。母からいつも『あなたはかわいそうな世代に生まれてきた』と言われていたので」と言ったのです。彼女は「あなたたちは女性として、むしろ“恵まれた世代”に属している」という私の見解に、おそらく納得し同意してくれたのでしょう。女性の労働環境の議論については別のテーマに入り込んでいるので、次回の対談で取り上げてもよさそうですね。

琴坂 なるほど、それは男女の格差の問題でもありますね。では、次回はこの問題をさらに掘り下げましょう。

第1回「データが語る『失われなかった20年』 スイスの研究者が覆す、日本の“常識”」
第3回「女性の雇用は“大躍進”を遂げていた『失われた20年』のもう1つの真実」
第4回「バブル水準の予測から1000万超の雇用創出 『失われた20年』の思いがけない遺産」
 

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