積み重ねた経験を真の統合力に昇華する

入山 PMIだけでなく、M&A全般の話になりますが、マシュー・ヘイワードというコロラド大学の教授がSMJに発表した、「企業のM&A経験がその後のM&Aのパフォーマンスにどのような影響を与えたか」についての有名な論文があります。彼は「企業がM&Aを成功させるためには過去の経験から学んでいることが重要である」という前提に立ち、その学習の効果が大きくなる条件を示しています。
 それは、〈1〉直近に経験したM&Aと今回の事業が近すぎず遠すぎないこと(近すぎると新たな統合効果に気づけない、遠すぎるとよさを引き出せない)、〈2〉過去のM&Aで小さな失敗を経験していること(成功すると満足してしまい、大きく失敗すると責任を負わされるのを怖がって踏み込めない)、〈3〉直近のM&Aとの期間が短すぎず長すぎないこと(短すぎると十分に学べず、長すぎるとM&Aスキルが継承されない)の3つです。

日置 なるほど、相手のよさを認めるにも、企業が学び、活かせるナレッジにするにも丁度よい距離感があるのですね。「小さな失敗」も興味深いですね。僕はいきなり大型のブランドや市場の獲得を狙う「ニュースになるようなM&Aは失敗しやすい」という気がしています。

入山 そうですね。10年間で超小型も含めて数十社を買収したグローバル企業では、PMI専門チームがあり、マニュアルも整備されていますし、基幹システムのような経営基盤もしっかりしていて、統合の経験がM&Aのケイパビリティを高めているといえるかもしれません。

日置 日本企業でも、小さいM&Aを繰り返し、経験を積みながら、準備を進めてきた企業では、大型の買収も「比較的」うまくできているのではないかと思います。ナレッジが溜まってくると、M&Aの各フェーズにおけるプロセスのスピードも高まるようですしね。ただし、漫然と慣れていくだけでなく、意識的に仕組みをグローバルマネジメントができるレベルにまで引き上げていかなければ、瞬間的には統合できたと思っても実際には脆弱で、継続性がなく、当然、案件規模が大きくなるほど対応が難しくなってしまいます。

入山 ちなみに経営理論的にいうと、小さい企業を買収するには、情報の非対称性があることに留意しなければなりません。M&Aは買収する相手の実態がよくわからないから、買収される側は当然高く買ってほしいわけで、マイナスな情報はできるだけ隠します。したがって「目利き力」が大いに問われます。

日置 確かにその通りです。日本企業には「目利き力」が圧倒的に足りないですね。M&Aが上手なグローバル企業は、勿論、大ものも買っていますが、前回の「1.5列目」で取り上げたように、意図を持って小さいものを買い、育て、ビジネスに組み込むスタンスです。さらにM&Aを本当に企業の成長性や持続性の向上に使えている企業は、買った粒を大きくしてある程度稼いでいたとしても、将来の方向性が違ってくれば、機を逃さず売ってしまいします。日本企業は、買い物も下手だし、一度買ったら赤字になった事業でも抱え込んでしまうので、トータルでの収益性が低くなるのだと思います。

入山 M&Aの研究はやはり買収が中心で、ダイベストメント(切り離し)の研究はあまり進んでいませんが、それは経営学的にも興味深い視点だと思いますね。

日置 企業の収益性とダイベストメントを含めた事業の入れ替えは、実は日本企業が抱える根幹的な問題と考えていますので、別の機会にぜひ議論したいテーマですが、組織を速く上手にセパレーション(分離)するにも、実はグローバルマネジメントの仕組みが整っていることが鍵になります。統合しやすい体質は、切り離しやすい体質でもあるのです。小さい種を買って育てる、事業を入れ替えて最適に保つという企業体のあり方を可能にするためにも、買収先から学んでグローバルを取り入れ、異質を成長につなげるポストPMIの発想で、グローバル環境にフィットした体作りをしておくことが大切ですね。