確かに、Uberは「革新的」な(どこかで聞いた言葉だ)企業かもしれない。おかげで多くの人々が、車を所有または自分で運転しなくても運転手に頼めるようになる。ただしその成功は、同社がタクシー産業の最大シェアを確保できるという前提に基づくものだ。この産業の参入障壁は低いので、既存のタクシー運転手をはじめ、他の誰が同じ事業を始めてもおかしくない。また、グーグルやフェイスブック、ツイッターほどの際立ったネットワーク効果(利用者が増えるほど価値が高まる)を持たないUberは、十分な運転手の数を自力で確保しなくてはならない。そして利用者数が増えれば、安全やプライバシーに関するトラブル、運転手の審査の不備、さらには犯罪行為などが増加するおそれがある。そう考えると、410億ドルという評価額は過大に思えるのだ。

 ハーバード・ビジネススクールのウィリアム・サールマンとハワード・スティーブンソンは、1985年にCapital Market Myopia (資本市場の近視眼性)という素晴らしいケーススタディ論文を執筆した。両者が注目したのは次の現象だ。資本市場の参加者は、個々の投資判断を賢明に下しているつもりでも、集団的行動の影響については考えない。つまり、ある市場が有望であるという集団の総意が生まれると、そこから手を引こうとしなくなるのだ(それが過剰投資につながる)。

 ケーススタディは、ウィンチェスター型ディスクドライブ産業の新規参入企業について調査している。当時このセクターは、今日のUberに代表されるスタートアップ界隈と同じような活況を呈していた。1977年から1984年にかけて、ベンチャー投資家たちはこの業界の製造業者43社に計4億ドル以上を投資していた。うち12社がIPO(新規株式公開)を行い、その評価額の合計はピーク時で54億ドルに上った。ブームが最高潮に達した頃にはおよそ70社が市場にひしめきあっていたが、最後はハッピーエンドとはいかなかった。1984年、上場12社の時価総額は14億ドルに下落。投資家はその後の暴落で大きな損失を被った。

 今ではすっかり廃れてしまったディスクドライブ産業のバブルから、私たちは何を学べるだろうか。現在のシリコンバレーには資本が再び有り余っている。企業は資本をすぐに使い果たし、それがさらに過剰な投資を招く。加えて、最初に市場の最大シェアを抑えた企業が業界を牛耳る「勝者独り勝ち」の考え方が蔓延している。これにより、失敗に向かう行動にいっそう入れ込む状態(立場固定)に拍車がかかるのは間違いない。すなわち、投資をやめれば何を失うのかわかっているが、投資を続ける限り大儲けの夢を見ていられるというわけだ。だが、私たちは過去に同じ経験をしたではないか。ウェブバン(生鮮食品配達)、バリュー・アメリカ(生産者・顧客間の直販を仲介)、ブー・ドットコム(ファッション通販)、ペッツ・ドットコム(ペット用品通販)といった幾多の新興eコマース企業の失敗を思い出そう。

 次の統計について考えてほしい。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、現在のアメリカにはベンチャーキャピタルによる評価額が10億ドル以上の非上場企業が48社あるという(英語記事)。ドットコム・ブームの最盛期でも、その数はわずか10社だったというのに。

 この48社はまたしても“革新的”なのだろうか。


HBR.ORG原文:Investors Fawning over Uber Should Recall AOL’s Stumbles January 9, 2015

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リタ・ギュンター・マグレイス(Rita McGrath)
コロンビア大学ビジネススクール教授。不確実性の高い環境下での成長戦略を研究している。著書に『競争優位の終焉』がある。