ケイパビリティによる垂直的統合の説明

<1>の現状維持(既存の流通業者との戦略的提携を続ける)から、<2><3>の新しい状態へ移行するには、非常に高い取引コストが発生する可能性がある。だが、革新的な新車の販売手法に関するケイパビリティ(特殊な能力)を保有し、かつ同等のケイパビリティを持つ企業が市場に存在しなければどうなるだろう。

 販売ケイパビリティを武器にした直営販売を採用せず、環境の変化を無視して現状を維持した場合、「既存の状態から新しい状態へ」という変化に伴う取引コスト発生を避けることはできるが、変化することで獲得できたはずの利益は失うことになるだろう。つまり、膨大な「逸失利益」を生み出し、最悪の場合は環境に適応できず淘汰されてしまうかもしれない。

 ところが、直営販売を採用することによって発生する取引コストよりも、「既存の状態から新しい状態へ」変化することで発生する逸失利益が大きいならば、変化が効率的で変化しないことが非効率的と判断できる。したがって、既存のケイパビリティを利用して垂直的統合を展開するほうが、より多くの利益を得ることができるだろう。

 一方、販売ケイパビリティはないが、同等のケイパビリティを持つ流通企業が市場に存在する場合、その企業を買収することによって直営販売方式という新しい状態へと変化することもできる。それによって発生する取引コストよりも逸失利益の節約が大きければ、変化が効率的であり、企業は垂直的統合戦略を積極的に展開することになる。

ダイナミック・ケイパビリティによる垂直的統合の説明

 次に、社内に革新的自動車の販売ケイパビリティがなく、外部にも同等のケイパビリティを持つ流通業者が存在しないケースを考えたい。

 イノベーティブな新製品販売という新しい事態へ対応するには、これまでとは異なる戦略思考が必要だ。すなわち、企業内外の資産、資源、知識、技術などを再構成、再構築、再配置する能力、ダイナミック・ケイパビリティである。

 ところが組織にダイナミック・ケイパビリティがなければ、企業は現状を維持せざるをえない。つまり、イノベーティブな新製品を販売するケイパビリティのない既存の流通業者を通して非効率的に販売するわけだ。その場合、変化に伴う取引コストは発生しないが、多大な逸失利益が発生する。

 ダイナミック・ケイパビリティが欠如している企業は、その“損失”にすら気づかない。したがって、合理的に非効率な状態を維持し、それゆえ不条理に陥り、やがて自滅することになるだろう。

 一方、ダイナミック・ケイパビリティを備えた組織は、現状維持によって発生する逸失利益が大きくなることを認識し、変化によって発生する取引コストよりも変化によって得られる逸失利益の節約を最大化するために、ダイナミック・ケイパビリティを最大限活用して、既存の資源、資産、知識、技術などを再構築、再配置、再利用して、新しい販売方式を構築しようとするだろう。

 そのような新しい販売ケイパビリティが時間をかけて構築される場合、徐々に直営店を展開し、垂直的統合による販売戦略を展開する必要がある。あるいは、外部の資産や資源や知識を巻き込んで、同等のケイパビリティを持つ流通業者を育成しつつ販売戦略を展開することもできるだろう。自社単独ではなく、広く他社をも巻き込む展開は、まさしくオーケストレーションと呼ぶにふさわしい活動だ。

 前回のゼロ・ベースのケースと同じく、非ゼロ・ベースで垂直的統合問題や企業境界問題を解く際も、取引コスト理論、ケイパビリティ論、ダイナミック・ケイパビリティ論は相互に補完的であり、相互に矛盾しない。そして、バーバリー社と三陽商会がなぜ直営店方式による販売活動にこだわるかも説明できる。