もう1つ別のケースを考えてみよう。取引関係が相互に資産特殊的で不確実性が低いとどうなるだろう。この場合、市場取引すると相互に駆け引きが発生し(取引コストが高い)、垂直統合すれば、統合化のためのさまざまな組織内での取引コスト(社名変更、多様な制度変更、その調整をめぐるコストなど)が加わる。それゆえ、統合よりは長期契約を結ぶことが望ましい。

 ところがティース教授は、取引コスト理論だけでは説明しきれない点を突く。上記のケースは、取引相手がかなり存在し、市場がある程度完備されている状態を仮定しているが、実際には市場が十分完備されておらず、取引相手の少ない「薄い市場」もある。そこでは、取引コストの大きさとは無関係に、企業は垂直的に拡大化したり、垂直的に他企業を買収したりする場合があるというのだ。

 たとえば、ある自動車メーカーが革新的な自動車を開発したとしよう。その特長を消費者にわかりやすく説明し、販売するためには、ある程度のケイパビリティ(能力)が必要となる。その企業が販売に関するケイパビリティをすでに保有しているならば、それに基づいて垂直的拡大が可能である。この場合、取引コストの問題は関係ない。

 ところが、そのような販売に関するケイパビリティがなく、それを有する流通企業が存在するならば、その流通業者に販売を委託するほうが効率的であろう。ここでも、取引コストは関係ない。

 したがって、企業は、取引コストを節約するだけでなく、ケイパビリティという要素に従って垂直的統合行動を展開することもある、というのがティース教授の主張である。

ケイパビリティ論による垂直的統合の説明

 ティース教授はさらにケイパビリティの議論を進めていく。販売しようとする自動車があまりに革新的すぎて、販売ケイパビリティが内部にも外部にも見当たらない場合はどうすればいいのだろうか。つまり、取引相手が非常に少ない「薄い市場」ではどうすべきか。

 ティース教授は、状況を感知して機会を捕捉し、他社の資源も巻き込み再配置して全体をオーケストレーションする能力が必要になるという。自社の販売知識といった既存のケイパビリティや物的資産を再構成・再配置して、新たな(よりパワフルな?)ケイパビリティを獲得する、あるいは新たに流通市場を創造する。それが、ダイナミック・ケイパビリティなのだという。

 したがって、ゼロ・ベースで考えた場合、自動車メーカーと流通業者との垂直的関係は次の3つに整理できる。

  • 1.取引が厚い市場では、取引コスト理論に基づいて、市場か、組織か、提携かを戦略的に選択できる。
  • 2.取引が薄い市場では、オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)の下に、組織内の既存のケイパビリティを利用するか、市場を利用して他企業のケイパビリティを利用するかを戦略的に選択できる。
  • 3.取引が非常に薄い市場状況では、ダイナミック・ケイパビリティの下に、自社内の既存ケイパビリティを再構成するか、そのようなケイパビリティを持つ企業群からなる新市場を創造するかを戦略的に選択できる。


 このように、「取引コスト理論、ケイパビリティ論、ダイナミック・ケイパビリティ論は相互に補完的であり、相互に矛盾しない」というのが、ゼロ・ベースの場合のティース教授の考えである。そして、アップルがなぜ直営店方式による販売活動にこだわるかも説明できるという。