ウィリアムソンの批判と取引コスト理論の出現

 ウィリアムソン教授は、もし技術的あるいは工学的相互依存性のためだけならば、2つの企業は1つの企業として統合する必要はなく、長期取引契約を結べばよいという。というのも、2つの企業が統合する場合、社名変更に始まり給与体系などさまざまな制度変革が必要となり、その調整に膨大な取引コストが発生するからだ。

 では、なぜ企業は垂直的に統合するのか。ウィリアムソンは、取引コストを節約するために、2つの企業はいやいや統合すると考えたのである。それゆえ垂直的統合に対して政府介入、つまり独占禁止法の適用は不要だと主張する。

 このことを説明するために、ウィリアムソンは、人間の思考と行動を次のように仮定する。

  • <1>完全に合理的でもなく、また完全に非合理的でもなく、「限定合理的」である。
  • <2>利己的に利益を追求する「機会主義的」な行動を行う。


 このような限定合理的かつ機会主義的な人間同士が取引することになると、相互に自分に有利になるように駆け引きを行うことになるだろう。そして、この駆け引きはさまざまな「無駄」を伴うことにもなる。その無駄を「取引コスト」という。この取引コストを節約するように人間は行動する、というのがウィリアムソンの取引コスト理論である。

 たとえば、自動車のサプライヤーとメーカーの垂直的な取引関係を考えてみよう。統合しなければ、基本的にサプライヤーはさまざまなメーカーと取引できるので、部品に関して規模の経済性を達成し、より効率的な生産活動ができるだろう。しかし、あるメーカーにとってその部品をめぐる取引コストがあまりに大きい場合、メーカーはサプライヤーが生み出している規模の経済性を無視してでも統合しようとするだろう。この意味で、垂直的統合はネガティブなのであり、独占禁止法の対象とはならない、というわけである。

 ところがティース教授は、取引コスト理論による説明は十分ではないという。そして、反論の根拠の説明がダイナミック・ケイパビリティ論によって展開されることになる。

 議論をシンプルにするために、まず、自動車メーカーと流通業者との垂直的関係をゼロ・ベース(すべてがゼロから始まる)のケースで考えてみたい。

取引コスト理論による垂直的統合の説明

 両者にとって取引関係が相互に資産特殊的で不確実性が高いならば、相互に駆け引きが発生しやすい(取引コストが高い)。資産特殊的とは、その取引にだけ効率的となる、あるいは有効となる特殊な機械設備や知識や技術資産に基づくことを意味する。つまり、取引相手を変えると資産が非効率あるいは無効となるので、相互の駆け引きへの依存度が高くなる。したがってこのケースでは、取引コストを節約するために両社は垂直的統合しようとするだろう。

 しかし、資産特殊的でないならば(一般的であるならば)、取引相手を容易に変えることができるため、駆け引きする必要がない(取引コストが低い)。つまり、自由に市場取引を展開できるため、垂直的統合は起こらない。