従業員の配置は
人事部門が決めるべきか?

 勝利の定義が明確なら、経営者の責任も自ずと明らかになる。私はP&Gに勤務した30年余りの間に、CEOの座を追われた人物を何人か見てきた。株主から執行の全権を委任されたCEOが、結果を出せなかった。敗軍の将がその立場を追われるのは当然だろう。

 翻って、日本企業はどうだろうか。たとえば、期初に発表した売上・利益目標を二度、三度と下方修正しても、誰も責任を取らないというケースをしばしば目にする。これでは、勝利の定義を決めたとしても意味がない。

 リーダーとして赫々たる成果を上げた経営者も、衰退への道をリードした経営者も、同じように4年とか6年の任期をまっとうする。「ウチでは4年(6年)が慣例だから」という理由によるものらしい。失敗した社長が退いて会長に就任するというような、責任を取ったのか、偉くなったのかよく分からない事態も起きたりする。私には、まったく理解できないことである。

 兵士が次々に倒れようと、貴重な弾薬や燃料がムダに使われようとも、司令官は任期中の指揮を執り続ける。大事なのは司令官の体面、メンツといったものだ。この厳しい競争環境の中で、そのような組織が果たして勝てるだろうか。

 株主からのプレッシャーの強弱は、欧米企業と日本企業の大きな違いである。コーポレートガバナンスの根幹に関わる問題だが、ここではこれ以上の深入りは避けたい。

 ただ、勝利への意志、勝利の定義の欠如または不足が、日本企業の復活を阻んでいる大きな原因であることは強調しておきたい。勝利についての意志と定義があって初めて、「どこで戦うか」「いかに戦うか」という明確な戦略が生まれるからである。

 日本企業の低迷をもたらした経営者の責任は重大だが、もう一つ、それに匹敵するほどの責任が人事部門にあると私は考えている。

 日本の大企業においては、人事部門はエリート集団と見られているようだ。ヒト、モノ、カネといわれるが、従業員という最も重要なリソースの配分を差配する立場にあるからだろう。しかし、誰をどこに配置すべきかを決定するのは人事部門の仕事だろうか。

 リソースを配分する上で、前提となるのは戦略である。たとえば、「今期は最優先でA事業を伸ばす」という戦略があれば、A事業には優先的に資金や人材が供給されなければならない。その戦略を熟知した上で、「どのような人材が必要か」を理解しているのはA事業部のリーダーである。もちろん、人事部門のサポートは必要だが、人事部門主導での決定には問題が大きい。事業部門に比べれば、事業戦略に対する人事部門の理解は浅いものにならざるをえないからだ。

 社員の配置、配分に関する強い影響力は、日本企業の人事部門の既得権益のようなものである。確かに、人事に携わる人たちにとっては居心地がいいだろう。しかし、いまや企業そのものが、危険な海域に差しかかろうとしているのである。直面する困難を乗り越える方策を考えなければ、人事担当者の存在意義はない。現状に胡坐をかいている場合ではないだろう。