第2に、イリノイやフロリダを含むいくつかの州では、実際には企業秘密を悪用していない元従業員に対しても、企業は法的措置を取ることができる。企業秘密が悪用されるかもしれない「重大な脅威」がある、もしくは元従業員が企業秘密を「開示するのは必至」と思われる、と主張するだけで十分なのだ。たとえばIBMは、元幹部のアップルへの就職を差し止める訴訟を起こした。その幹部はIBMで半導体とサーバー技術を担当していたので、新たな仕事――アップルでのiPod・iPhone事業のマネジャー――に就けばIBMの企業秘密が間違いなく開示されてしまう、というのが訴訟の根拠だ。企業はこうすれば、元従業員が同業他社へ就職することを防げるのだ。たとえ競業避止契約に署名されていなくても、あるいはそれを履行できない場合でも。

 第3に、企業が元従業員を経済スパイ法違反のかどで連邦当局に訴え、刑事訴訟にするケースも見られる。たとえば2011年、ゴールドマン・サックスの元コンピュータ・プログラマーに、業務で扱った複数のファイルを自身のコンピュータに保存していた罪で懲役8年の判決が言い渡された(翌2012年に無罪が確定)。議会では現在、経済スパイ法違反に対して、民事訴訟と連邦裁判所による禁止命令が適用できるよう調整が検討されている。

 法律によって、雇用主は従業員の持つ知識への規制力を強めており、企業はそれをますます行使するようになっている。しかし経済学者らは、公共政策の面でも企業戦略の面でもこうした改正は近視眼的であることを確証している。企業にも社会にもよい影響を及ぼしてこなかったことが、経験的証拠によって示されているのだ。企業は秘密を保護すること、そして従業員に新たなスキルと知識の習得を促すことを、うまく両立させる必要がある。習得する知識を将来のキャリアで生かせなければ、従業員の学習意欲は低下する(英語論文)。知識習得への投資は減り、スキルも創造性も鈍化してしまう。

 研究によれば、規制を強化すると従業員の学習意欲は下がり、優秀な人材が失われ、長期的には企業のイノベーション能力は低下することが示されている。企業による競業避止契約の厳格化は賃金の抑制につながり(英語論文)、企業秘密保護法の厳格化は人材流動の抑制につながる(英語論文)。一見するとこれは雇用者にとって有益かもしれないが、両刃の剣でもある。職場での従業員の学習意欲は削がれ、有能な人材の雇用が困難になるおそれがあるからだ。実際に各州の状況を調査した研究者によると、競業避止契約を厳しく規定している州ほど頭脳流出が起きているという(英語報告書)。発明家は規制の緩やかな州に移住する傾向があり、とりわけ生産性の高い(特許数の多い)発明家はその傾向が顕著だった。当然ながら規制が厳しくなれば、資本投資やR&D投資も減少する。

 今日の最も革新的な企業は、従業員を前向きな形で動機づけ意欲を高めるために、訴訟という脅しには頼らない創造的な方法を見出している(英語記事)。たとえば、ザッポスは社員同士で報酬を与え合うプログラム(英語記事)、クアルコムは特許への報奨プログラム、スターバックスは大学の学費を一部負担するプログラムを実施している。また、元従業員たちの活用を模索する企業も増えている。大学の同窓会のような元同僚のネットワークに、企業を中心として外部とのつながりや協働機会を広げてもらい、採用活動でも一役買ってもらうなどの方法だ。

 これまで述べてきた調査結果や傾向は、経営者に厳しいメッセージを突き付けている。法律は、元従業員が業務で培った知識の外部利用を規制する強力な手段だが、その行使には慎重を期すべきなのだ。もちろん重要な企業秘密は守るべきだが、行きすぎた規制は従業員の意欲を削ぎ、人材の確保はいっそう困難になり、企業の革新性も損なわれる。企業秘密保護の訴訟を強引に起こしていれば、人材方針に法務部が影響力を持ちすぎることになる。その結果、イノベーションは停滞し人的資源が枯渇するだろう。


HBR.ORG原文:Stop Trying to Control How Ex-Employees Use Their Knowledge October 9, 2014

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