星野リゾートはマルチタスクで二兎を追う

 では今、世界に訴えるべき日本の強みとは何なのか。その可能性の一つを示してくれているのが星野リゾートです。

 日本の旅館・ホテル業は「おもてなし」の素晴らしさが海外から評価される一方で、製造業との比較においてはもちろん、他のサービス業やアメリカのホテル業との比較においても、生産性の低さが問題とされてきました。

 その原因の一つがスタッフの分業制にあると考えた星野佳路社長は、一人のスタッフがフロント係、調理、清掃と、何役もこなすマルチタスク(多能工)制を採用しました。これにより業務のない手待ち時間が大幅に減り、生産性をアップさせることに成功したのです。

 こう言うと、効率化のみが目的のように思えるかもしれませんが、決してそれだけではありません。一人のスタッフがリゾート内のあらゆる仕事を通じて顧客と接することで、顧客情報をもれなく汲み上げ、きめ細やかなサービスにつながります。

 顧客がどんな体験をして、何を気持ちよく、あるいは不満に感じるのかを、目の前で見て体得したスタッフが提供するサービスは、縦割り組織のそれとはまったく違うものになるはずです。効率性と顧客満足のどちらも諦めずに二兎を追っていることが、星野リゾートの成長を支えているといえるでしょう。

日本を深めた先にグローバルがある

 初の海外進出となったタヒチに続いて、今年は「星のや バリ」が開業する予定です。ニューヨークやパリ、シンガポールなどへの進出もすでに視野に入っているようです。ここで気になるのが、星のや流のおもてなしが海外でも再現できるのか、ということです。

 マルチタスクは、ジョブディスクリプションで職務内容をはっきりと示す欧米式の人材マネジメントとは相容れないようにも思われます。また、器用で柔軟性があり、真面目で向上心に富む日本人だからこそ、可能な働き方だという意見もあるでしょう。

 しかし私は、多くの国で受け入れられるものだと思います。なぜなら、人間が働くうえでの本質的な欲求をマルチタスクが満たしているからです。

 キヤノンやソニーのセル生産方式で知られるように、製造業では20年以上前から多能工制が採用されてきましたが、その効用は在庫の縮小や多品種少量生産への適応はもちろん、労働者のモチベーションアップの面でも認められています。
 流れ作業の中で決められたことだけを黙々とやるのではなく、自分の持つ能力をフルに生かしてある段階までを責任をもって完成させる。各労働者のあらゆる可能性を引き出すこうした働き方は極めて人間的なもので、それによって得られる達成感や喜びはどこの国の人にも理解されるはずです。

 星野社長は「ホテル業界のトヨタを目指す」と言っています。私も、顧客一人ひとりにカスタマイズしたサービスを、しかも効率よく提供するためのノウハウを日本で蓄積してきた星野リゾートなら、フォーシーズンズやリッツカールトンにはない、新しい「おもてなしモデル」がつくれるのではないかと期待しています。

 自社の強みを徹底的に磨きこんだ先に、よそには真似のできない日本発のイノベーションが生まれるはずです。