自由と責任の原理にもとづく目標による管理。これが、本来、ドラッカーが言いたかった「目標による管理」なのである。そして、このような人間の自律性を引き出す管理が展開されると、不条理に陥らないのだ。

小林秀雄の「大和心」のマネジメントに向けて

 これまで説明してきたように、経済合理的な「目標による管理」だけを遂行すれば、われわれは必然的に完全安全性の確保を放棄し、安全性をめぐって手抜きを行うといった不条理に陥ることになる。この不条理に対処するには、ドラッカー的な人間主義的な自由と責任の原理にもとづく「目標による管理」が必要なのであり、人間の自律性を引き出す必要性がある。そうすれば、経済合理性と完全安全性が一致する可能性がある。

 これら2つの目標管理を補完的に利用することによって、不条理を回避できる。つまり、経済合理的な「目標による管理」にもとづいて会社が安全性を確保し、加えて、人間主義的な「目標による管理」のもとにメンバー個々人がより安全性の高い方向へと自律的に行動する。この人間の自由意志や自律的意志というものを引き出せれば、会社は不条理に陥らないのだ。

 このような議論は、西洋人にのみあてはまる話ではないかと、突き放してはならない。実は同じことを、晩年、日本の伝統に関心をもっていた小林秀雄が繰り返し述べている。

 彼は、科学には限界があるという。科学が求めているのは、原因と結果という因果法則であり、表面的なことであって現実そのものではないからである。つまり、科学はなぜそうなるのかを説明することはできるが、ではどうすべきか、それを教えてくれないのだと。

 小林秀雄によると、日本の学者は、常に海外から流入されてくる科学的知識と戦う宿命にある。そして、そのような科学的な知識に負けてはいけないのだ。

 昔は、中国から多くの科学的知識が日本に流入してきた。そういった状況で、ある学者の妻であった赤染衛門という女流歌人がいる。学識ある夫が、彼女との会話で、乳母として奉公に上がった女性の乳(知とかけている)が貧相なのを見て大丈夫だろうかという話をした。これに対して、妻である赤染衛門が、「大和心」さえあれば、そんなことはたした問題でない、という歌を歌っている。

「乳母せんとて、まうで来りける女の、乳の細く侍りければ、詠み侍りける」と詞書があり、次に夫である博士の歌、「果なくも 思ひけるかな 乳もなくて 博士の家の 乳母せむとは」。ここで「乳もなくて」の「乳」を「知」にかけている。これに対して、妻赤染衛門のかへし、「さもあらばあれ 大和心し 賢くば 細乳に附けて あらすばかりぞ」。
(赤染衛門の歌(「後拾遺和歌集」)(「小林秀雄全集」第十四巻25 新潮社 2002 p258~276)

 小林秀雄よると、これが日本の歴史上で「大和心」という言葉が登場した最初である。

 当時、男性を中心に学問が展開されており、それゆえ男たちは中国から入ってくる科学的知識に溺れていた。ところが、日本の女性は科学的知識以上に重要な知をしっかりとわかっていた。そして、それを女性である赤染衛門が「大和心」なる言葉で表わした。これが、小林秀雄の解釈である。「大和心」は「漢(から)心」の対語だという。

 では、この「大和心」とはいったい何か。それは、誠実さや真摯さに関わることであり、「もののあわれ」を理解できる心でもある。このように解釈すると、カントやドラッカーの話と結びついてくる。

 日本の経営者には、とくにベンチャービジネスを目指す若者は、アメリカ流の科学主義的で経済合理的「目標による管理」だけではなく、ぜひともこの大和心にもとづく「目標による管理」も実践してほしい。そうではないと、必ずいつかどこかで、正しいことを無視して効率性を追求する不条理や全体を無視して個別を追求する不条理、そして長期を無視して短期を追求する不条理に陥ることになるだろう。

参考文献
マックス・ヴェーバー(1989)『プロテスタンティズムズムの倫理と資本主義の精神』 大塚久雄訳 岩波書店
ハンナ・アーレント(1969)『イエルサレムのアイヒマン』 大久保和郎訳 みすず書房
イマヌエル・カント(1980)『道徳形而上学原論』篠田英雄訳 岩波文庫
ピーター・F・ドラッカー(2006)『現代の経営(上・下)』上田惇生訳 ダイヤモンド社
小林秀雄(2002)『小林秀雄全集 第十四巻25』新潮社
菊澤研宗(2000)『組織の不条理』ダイヤモンド社

 

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