創業のビジョンや理念に立ち返る

入山 アイデンティティにもつながりますが、そういう時のポイントは、創業のビジョンや理念や価値観に立ち返ること。そうすると会社に浸透しやすいんですよね。ビジョンって経営学の研究でも意外と無視できない存在であると理解されていて、戦略を考える時も、これまでの経路を断ち切って見直す時も、最後はそこに立ち戻って考えると上手くいく。

日置 やはり、経営者が代わっても、脈々と流れるものはありますからね。例えば、ということで私見をお許しいただきたいのですが、同じ電機業界でも、水道哲学(低価格で良質な商品を消費者にあまねく行き渡らせる)をまず日本で徹底的に実践したパナソニックと、かなり初めの段階から米国に乗り込んで行ったソニーででは、グローバル化へのスタンスも違う気がします。

入山 企業のビジョンを整理して伝えていくことは大切ですね。日系企業でも、ビジョンをそのまま現地子会社に日本語で伝えている企業もあります。

日置 そうですね、ローマ字表記にするのも一つのやり方です。ただし、その企業はものすごくシンプルに共有できる信条として伝えているのでいいと思うのですが、難しい社是を英語化してわけが分からない状態で配布したがゆえに伝わらないという例もあります。

入山 どう浸透させるかは手腕が問われるところですね。それに、グローバルカンパニーの例でいえばGEが「We are GE!」と言ったり、IBMの人が自らを「IBMer」と呼んだり、実はサントリーでも社員のことを「サントリアン」と呼ぶらしいので、近いものがあるかもしれません。一方で、日本の大企業にビジョンや理念を大々的に掲げるようなマネジメントが適しているかどうか、という点もあります。

日置 日本企業は、社会の公器として環境や社会問題について昔から取り組んできた印象があります。いわゆるCSRです。けれども、社会貢献とかサステナビリティの重要性を言葉で掲げた時、外国人はそうだそうだと質問やアイデアをたくさん出してくるけれど、日本人は斜に構えるとある企業の社長がおっしゃっていました。社会のためにはなるが、企業としてはいまひとつ儲からないことでもそれを善しとして脈々とやってきた挙句、やれ収益性が低いなどと言われる昨今では、色んな意味で仕方ない反応なのかとも思うのですが、もしかしたら、正面からビジョンを説いたり説かれたりするのがこそばゆいような感じかもしれないですね。

入山 確かに日本人ってそういうところありますよね。私もアメリカで経営学をやる前には、「戦略」という言葉を使うのすら何だか恥ずかしい感じがあったので、わかります。

日置 創業のビジョンや理念を受け継いだ上で、社会変化の文脈の中で求められている方向を捉え、現状の枠組みを見直し、言語化していくというプロセスが、日本企業には足りていない気がします。

入山 グローバル化という大きな変身をするからこそ、変わらないもの、すなわち「基点」が必要で、それはやはり、創業のビジョンや理念、絶対的な価値観ですね。

日置 そうですね。例えば200年以上の伝統を持つグローバル企業のデュポンには4つのコア・バリューがあります。ここに至るまでの時代変遷の中で追加されているようですが、その一つである「Safety & Health」、中でも「Safety」については、元々が火薬の会社であったことから、思考から行動にまで徹底的に浸透されています。外の人間からすると「えっ、そんなことまで」と驚くこともありますが、社内ではそれが当たり前。このような基点があるからこそ、事業のポートフォリオを大きく変えながらも、企業としていかに社会に貢献していくのかのアイデンティティのようなものがブレることはないのだと思います。

入山 日本の経営者の方の中にも、自社の創業のビジョンや哲学を、現在の環境の中で見直して、これからの経営に活かしたいという方々は増えているのではないでしょうか。

日置 極論すれば理念以外はすべて変えてもいいという姿勢で、創業者の精神を「現代語訳」し、是非自分の言葉で、世界各地で奮闘する社員に届くように語っていただきたいと思っています。世の中、変化することが常です。グローバル化によってこの振幅は大きくなり、速度も増しているように思います。一方で変化することは恐怖でもあります。ですから、変わるために必要となる変わらないものの大切さを説き続け、変身することへの恐怖感を取り除き、勇気を与えることを、この時代のリーダーは求められています。