レビット流マネジメント【企業事例1】
フェルト帽の技術が、蛍光マーカーのペン先に

 静岡県浜松市に、テイボーという会社がある。

 私たちが何気なく使っている油性マーカーやラインマーカー、ホワイトボードマーカーなどのマーキングペンの専業メーカーで、約2400種類の製品アイテムを持ち、月産約3億5000万本を生産し、世界シェアは5割を超える。世界の主要な筆記具メーカーとはすべて取引がある。

 テイボーは、元々は1896年(明治29年)に創業した「帝国製帽」。フェルト素材を利用した高級紳士帽子の製造メーカーで、工場に昭和天皇の臨幸を得たり、1964年の東京オリンピックでは日本選手団の帽子に採用されるなど、誇りに満ちた歴史を持っている。

 そもそもフェルトは、羊やラクダなどの動物の毛を薄く板状にして圧縮して作られた繊維製品の総称だ。糸を織った布ではなく、糸を熱や機械によって絡み合わせた「不織布」で、それゆえに糸の間に隙間ができ、断熱や保温、クッション性に優れるという特長がある。この特長を究め、高級感があり付加価値の高い紳士帽子を生み出していたのが帝国製帽だった。

 しかし、戦後、紳士帽子の需要は減少していく。終戦から間もなくは物価高騰の煽りを受け、昭和30年代に入ると映画『太陽の季節』の大ヒットによる角刈りの流行、さらにリーゼントスタイルの流行も続き、さらには通勤時のラッシュの激しさも一因となって、紳士帽子の需要は急激に落ち込んでいく。帽子製造業としての将来はシュリンクするばかりだった。

 そこに、ある筆記具メーカーから持ち込まれたのがマーキングペンの筆先の開発だった。毛織物を束ねて組織を緻密にし、そこに毛を絡めてフェルトにする「縮絨(しゅくじょう)」によって、マーキングペンの筆先を作れるというのである。

「御社は、自らを帽子製造業者と思っているでしょうが、根っこにあるのは不織布の技術ではありませんか」

 筆記具メーカーの着想は、「隙間」、つまり不織布の特性にあった。フェルトの吸水性(毛細管現象)を活かし筆先とする。吸水性という意味では、毛筆の筆も原理は同じだが、フェルトに樹脂を含有させて筆先の硬さを確保することで毛筆では実現できない書き味や耐久性を生み出せる。

 帽子メーカーだからこそ知る不織布の特性。事業の軸を「帽子ではなく不織布」に変えることで、さまざまな応用可能性が見えてきた。テイボーでは、フェルト、合成繊維、プラスチックの3種類の組み合わせにより、さまざまな筆先の開発にこぎ着ける。

 筆記具メーカーの申し入れは、帝国製帽のアイデンティティを根底から問い直させるものだった。結果的に帝国製帽は、この提案に自社の未来を託した。思い切った事業転換を図る。1981年には、社名を「テイボー」にも変えた。

 筆先の事業に特化するための大きな経営決断もあった。1989年には、アメリカのライバル会社ベーコン・フェルトを買収してアメリカ市場でのネットワークを固めた。買収額は約10億円で、当時のテイボーの年商額は40億円で、まさに“大勝負のM&A”だった。

 いまや生産品目は、文具だけにとどまらない。マーキングペンの技術を進化させることで液だれしないペンタイプのマニュキュアといった化粧品の筆先も実用化している。また樹脂を含む筆先の研究・開発の過程で注目した「MIM(金属射出成型)」をベースにした焼結品部品事業は、光ファイバーやコネクター部品、腕時計、医療機器などのマイクロ部品への市場を広げた。不織布と樹脂加工、その成型加工という3つの技術は、新たな活路を見出そうとしている。