簡潔なことは理解され、
理解されたことは実行される

石倉 上田谷さんはこれまで、「日本を格好よくしよう」といったシンプルなメッセージを発信していますが、これにはどういう意図があるのですか。

上田谷 雇われ社長は外様(とざま)なので、社内マーケティングがとても大事です。株主の支援に頼るだけではだめで、社員との先輩・後輩といった力学がないが故に、彼ら彼女らとの関係を築く努力をしなければなりません。そのために、会社の歴史を熟知した上で大きな絵を描いて見せる必要があります。

石倉 それを簡潔な言葉、標語で表しているというのは、とても戦略的だと思うのですが、こうした手法はどこで学んだのですか。

上田谷 実は現代の先進国の軍隊がこのリーダーシップ手法を使っているんです。彼らからアドバイスを得ました(*)

石倉 もう少し詳しく聞かせてください。

上田谷 軍人出身者でもなんでもない私が言うのもなんですが、端折って説明すると、こういうことです。第2次世界大戦以降、先進国の正規軍同士が戦った戦争はありません。ベトナム戦争にしてもアフガニスタンやイスラム諸国での紛争にしても、多くはゲリラとの戦いです。彼らの勢力は読みにくいし、神出鬼没です。一方、そうしたゲリラと戦うのは、多国籍軍が主流になり、さまざまな出身の兵士が現場で自立的に考えて作戦を遂行しなければなりません。本部から逐一命令する伝統的なコマンド・アンド・コントロールのやり方では対応できないのです。
 そこで、What、Why、制約条件、の3つを明確にして、HOWについては現場の部隊に権限を移譲するミッション・コマンドが編み出されました。例えば、「敵を1日だけ食い止めろ。なぜならば明日、補給部隊がやって来るからだ。使える兵力はこれだけ。やり方は任せた。以上」といった具合です。兵士にとって作戦の失敗は死そのものであり、多国籍軍は急ごしらえの混成チームですから、3行ぐらいの簡潔な命令でないと人は動けない。前述の元英国将校いわく、「What is simple is understood, what is understood is done.(簡潔なことは理解され、理解されたことは実行される)」。

石倉 なるほど。もう一つ、上田谷さんに大きな影響を与えているのは、やはり大前(研一)さんでしょうか。

上田谷 そうですね。結局、8年間お世話になりました。

石倉 どういう経緯で大前さんの事務所で働くようになったのですか。大前さんの仕事振りは深さも幅も超人的で、よほどの覚悟がないと付いていけないと思いますが(笑)。

上田谷 当時はそんなことを知る由もありません。私は大学卒業後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンで経営コンサルタントとして働いていて、狭い業界のネットワークを介して大前さんと働かないか?と打診されたのですが、その時、大前さんはマッキンゼー日本代表でしたが、経営コンサルタントの代名詞のような存在で、業界の中の“雲の上”の人でした。1995年に、大前さんが独立して、現在の大前・アンド・アソシエーツ・グループを設立する際、なぜか隣の会社にいた私に声がかかりました。もし私がマッキンゼー出身でその実力値を大前さんが知っていたら絶対声かけられなかったでしょうね(笑)。
 また転職にあたっては、競合ではありましたが、そこは別格の大前さんで、ブーズのパートナーたちも「大前さんから誘われたのならば仕方がない」と言って温かく、かつ心配しながら、「がんばってこいよ!」と送り出してくれました。それで意を決しました。

石倉 それにしても8年も、よく続きましたね。

上田谷 マッキンゼーの人たちからは「変態」といわれました(笑)。でも、親子ほど歳が離れていましたし、大前さんも独立したばかりでスタッフがふんだんにいないので、「バカヤロー」と言うのを相当我慢してくれたのだと思います。それでも、とにかく四六時中怒られていました。大前さんに明日の営業の相談すると、10年先のビジョンが返ってきてしまうので、しょっちゅうのけぞっていました。

石倉 本当に大前さんは、発想が普通の人とは桁違いで、大胆ですからね。

上田谷 大前さんからは、常々「オポチュニティのウインドー(戦略的機会の窓)が開いたらパッと決断しろ」「事業は、振る時は大きく振らないとダメだ」というアドバイスをいただきました。大前さんの下にいた8年間はヘビーでしたが、今でも大きな意思決定の指針は大前さんから学んだことが多いです。


* 元イギリス海兵隊の将校が設立したコンサルタント会社マッキーニロジャーズが提供する。その手法を紹介した著作として、同社アジア・パシフィック代表を務 める岩本仁氏(元シックジャパン、モエ・ヘネシー・ディアジオ社長)による『英国海兵隊に学ぶ 最小組織のつくり方』(かんき出版)がある。