確実性とスピード、ゴールが違う仕事への戸惑い

――それは、どのような壁でしょうか。

 開発に従事してきた人間は、開発特有の考え方に支配されています。設計してモノをつくり、試験をして、設計通りに動くことを確認する。不具合が起こったり想定通り動かなかったりしたときは、開発をいったん止めます。トラブルの原因の確認と分析を行い、明確になった段階で手直しを加え、不具合が解消されたらまた進む。宇宙空間で要求通りに動くようにするためには、確実性を追求しなければならないと考える世界です。

 一方の運用は、開発とはまったく異なる考え方を持っています。要求通りに動かなければ困ることに変わりはありませんが、彼らは「まずは使えることが重要」と考えます。とくにNASAはその傾向が顕著で、それは「スペースシャトル計画」にも表れています。スペースシャトルは、打ち上げから帰還までわずか2週間しかありません。その間に膨大な数の実験やミッションの実行が義務づけられています。1時間を無駄にすることは、莫大なお金を無駄にすることに直結するからです。

 そうなると、何らかのトラブルが起こったときに、立ち止まって原因を追及したり、じっくりと考えたりはしません。とにかく別の方法に置き換えたり、あらかじめ決めておいた優先順位をもとに、できる作業からさっさと手をつけたり、その状況下でできることをものすごい勢いで遂行していこうとするのです。

――伊藤さんは、どうやって開発と運用の「溝」を埋めていったのですか。

 開発の舞台から運用の舞台に移されたとき、極端なことを言うと、2種類の手順書があるようだと感じました。開発には実績や根拠に基づいたきちんと進行させる手順書、運用にはとにかくどんどん運用を進める手順書です。これをまとめる作業をしないと、開発側にいる何百人と、NASAを含めて運用側にいる何百人が一つのチームとして機能しません。

 そこで、たたき台となる手順書を前に、開発と運用の人に集まってもらって、一つひとつの項目ごとに読み合わせをしていきました。それぞれの立場で意見があったらその場で言う、というルールで始めたのですが、はじめはバックボーンの主張のし合い、苦情の言い合いです。大人なので大喧嘩にはなりませんでしたが、ぶつかり合いはしょっちゅうありました。

 育ってきた環境が違い、自分が正しいと思っているものが違う人たちが議論しているので、最初から理解し合えるわけがないのです。異文化の接触とはこういうものなのかと、新たな発見をした思いでした。

 しかし、お互いの意見を良く聞いて両者が受け入れられる新たな方法を提案したり、両者の考え方を整理してお互いに歩み寄れる妥協点を探したりするうちに相互の理解は深まり、2、3年の時間はかかりましたが、どちらも納得できる一つの手順書を作成することができました。

 リーダーが一方的に結論を押しつけるのではなく、みんなで議論してもらって正解でした。全員に動いてもらうためには、納得してもらうことが大前提だからです。一見、遠回りのように感じるかもしれませんが、それがかえって近道だったのではないかと思っています。

次回更新は、11月21日(金)を予定。