2003年11月に我々は、デューデリジェンスを経て3721ネットワーク・ソフトウェアを1億2000万ドルで買収すると発表した。同社は創業5年ながら急成長しており、約200名の従業員を抱えていた。そして何より重要なことに、経営者はやり手の中国人インターネット起業家、周鴻禕(Zhou Hongyi)だった。

 3721の主力サービスは、初期の検索ビジネスだった。ブラウザをダウンロードし、中国語の検索ワードを入力して目的のサイトにアクセスできるサービスだ。同社はアルファベットのドメインネームを持つ企業に、何十万もの中国語のキーワードを販売して収益を上げていた。

 計画はシンプルだった。自社と3721の強みを組み合わせてヤフー中国を刷新し、2004年には収益を2500万ドル以上に増やすという目標を立てた。新生ヤフー中国の従業員は300人で、ほとんどが地元の人材だった。月間利用者数は、両社合わせれば5000万人を超える。2004年1月に契約がまとまった時、「中国でのヤフーの未来は明るい」と我々は楽観視していた。

 ところが2004年半ば、運営は早くも混乱に陥った。統制とマネジメントをめぐる対立が原因だ。社長の周は、「生え抜きのヤフー社員は、給料が高すぎるうえにやる気がない」と感じていたという。一方、ヤフーのチームは「嫌がらせを受けている」と感じ、周がヤフーの事業に注力していないと考えていたようだ。我々は中国側に、報告系統や制度、ガバナンス上の規則についてヤフーのやり方に従うよう要求したが、当然ながら受け入れられなかった。明くる年に周は辞任し、チーフー360テクノロジー(奇虎360科技:Qihoo360 Technology)を創業した。現在、この会社はナスダックに上場しており、時価総額は120億ドルに及ぶ。

 さて、周の経営によって収益は財務予測を上回ったものの、中国市場で3721はライバル企業に差を広げられていた。

 2005年前半、ヤフーの経営陣は中国市場の動静を慎重に伺いながら、買収もしくは提携の候補となる企業を探していた。後に成果を上げる2005年5月の中国訪問は、この一環だった。我々4人は1週間かけて、何十人もの実業家や政府関係者と慌ただしく面会した。

 訪問した会社の大半は上場企業だったが、当時のアリババは株式公開しておらず、経営陣と投資家、ソフトバンクが主要株主だった。創業者のジャック・マーと当時のCFOジョー・サイに会うと、我々はすぐに企業文化の共通性を感じた。

 アリババは中国南部の杭州を拠点とする企業で、従業員数は約2400人だった。2004年にはeコマース事業で40億ドル以上の流通総額を生み出し、約5000万ドルの収益を上げていた。そして2つの新規事業――ペイパルに似た新しい決済システムであるアリペイ(支付宝)と、オークションサイトのタオバオ(淘宝)――を運営しており、アリババはそれらを無料で顧客と出店者に提供していた。

 我々はマーの先見性と理にかなった経営哲学に感銘を受け、アリババとヤフーはうまくいくだろうと感じた。イーベイへの対抗策としてオークションサービスを無料で提供していたアリババを、資金面で支える余裕も我々にはあった。

「これは我々のポータルサービスを補完し、中国市場での検索とeコマース事業でトップの座を築く絶好のチャンスになるかもしれない」と我々は考えた。そして5月末にカリフォルニアのサニーベールに戻ると、アリババとのジョイント・ベンチャーの話をまとめるべく、2カ月にわたる集中的な交渉に乗り出した。

 この時、ジャック・マーと当時のヤフーCEOジェリー・ヤンが良好な関係を築いていたことが、交渉を大きく後押しした。また、ファイナンスと条件に関しては、ジョー・サイが我々と近い考えを持っていたと思う。提携をまとめるのは骨が折れる作業だったが、最終的にアリババ株の40%をヤフー、30%をソフトバンク、残りの30%をアリババの経営陣が保有することで合意した。運営はマーとアリババの経営陣が主導することとした。