前例を踏襲するだけでは、生産性は上げられない

――居住環境をはじめ、制約の多い宇宙空間では、あらゆる作業を効率よく行うことが求められると思います。常に想定外の事態が起こりうる極限状態のなかでチームの生産性を高めるために、コマンダーとして特に意識されたことはありますか。

 国際協力プロジェクトにおけるさまざまな活動は、国家間の取り決めに基づいて行われます。そこにはかなりの厳密な枠組みが存在し、そのなかで実験や運用を行わなければなりません。また、それぞれの実験やメンテナンス作業ごとに、異なる地上の担当者との綿密な交信が必要でもあります。

 したがって、実験などの作業の工程表も、過去の事例に基づいて相当厳密に定められています。ただし、生産性向上や効率化は、単に前例を踏襲することでは達成できません。

「コマンダーは、言葉にしなくても伝わるだろうという、『阿吽の呼吸』を前提にすべきではないのです」

 決められたことを予定通りに遂行することが「美」である。私はそう教わって育ちました。日本に住む日本人は、それが望ましい形だと考えている人は多いのではないでしょうか。しかし、コマンダーとして活動するなかで、仕事に対する理想の形は国や文化、習慣によって大きく異なることを痛感しました。

 それに気がついたのは、私が決められたルールにこだわったことに対して、批判を受けた経験からです。何も変えないことは、最も楽な道を進んでいるにすぎない。不確定要素が混在するプロジェクトでは、いかにして柔軟に変化するかが求められるのです。

 一つ例を挙げます。ISSではさまざまな実験を行いますが、事前の工程表で決められた時間通りに実験やその準備を進めると、当然ですが、その日に予定されたことしかできません。時間通りに達成すべき成果を上げているのであれば問題にはなりませんが、期待以上の成果ともいえません。

 クルーのなかには、事前の予想を超えて作業能率の高い人もいます。また地上管制局の作業計画チームは、宇宙で苦労しているクルーに配慮して、無理をさせないように余裕を持った作業計画を立ててくれます。そのため、仕事が大幅に早く終わってしまうと、あらかじめリストアップされた比較的短時間でできる簡単な作業以外にやることがなくなって、貴重な軌道上の時間を無駄にしてしまうこともあるのです。

 クルーのなかに作業効率のよい飛行士がいるのなら、前倒しでどんどん作業をさせたほうが生産性は高まります。また、各クルーの能力を尊重し、彼らの士気も高めることにもつながります。

 ただし宇宙では、前倒しで作業が進むことが、必ずしも望ましいとはいえません。なぜなら、ISSでの実験やメンテナンス作業の多くは、地上に専門家がいなければ実行できないからです。軌道上の作業が予定通りに進まないと、地上管制局は適切な人員配置ができなくなります。

 宇宙飛行士は前倒しでどんどん仕事をしたくても、地上の専門家がスタンバイできていないために待たなければならない。これでは仕事が滞ってしまいます。その調整をするのも、コマンダーの役割です。

 地上管制局も宇宙飛行士の言い分を総論では理解してくれます。しかし、一日三交替で勤務する管制官のスケジュール調整がままならず、勤務管理上、さまざまな問題が生じるため、各論では渋い顔になることもあります。

 地上側の苦労を十分理解できる一方で、質の高い実験を安全かつ効率的に行い、多くの質の高い成果を生み出すことは、ISS計画における大きな目的です。作業時間が前倒しで進むことは高い生産性を意味します。地上管制局側にも、軌道上作業の柔軟なスケジューリングが生み出す価値を共有してもらわなければなりません。予定に忠実であることが付加的な成果創出の妨げになるようであれば、前例から外れることがあってでも、チーム全体としてより効率的に作業を行うことができるよう調整し、ミッションを進める覚悟が必要になるのです。

 結果として、コマンダーを務めた第39次長期滞在とフライト・エンジニアを務めた第38次長期滞在においても、作業予定時間をかなり短縮でき、そのおかげで成果を上げられた経験がいくつもありました。地上のスタッフには多くの苦労をかけてしまいましたが、チームとして質の高い仕事ができたと思っています。

――チームが効率よく成果を上げるために、クルーが仕事をしやすい環境を最優先することが、コマンダーの役割ということですか。

 その通りです。ただし、ISSにおける活動のなかで、宇宙飛行士だけでできることは、ほんのわずかしかありません。つまり、ISSの宇宙飛行士に限定した生産性を考えるだけでは、おのずと限界が出てきてしまいます。そのため、つくば、ヒューストン、ハンツビル、ミュンヘン、モスクワなどの、地上管制局を含めたチーム全体としての生産性向上を目指すことが不可欠です。

 その時に最も重要なのは、関係セクションとの緊密なコミュニケーションを確実に図っていくことです。たとえばミュンヘンの地上管制局にいる管制官とは、訓練時にほとんど会ったことがないにもかかわらず、半年にわたって仕事をしなければなりません。そういう人たちといかに円滑にコミュニケーションを取っていくか。これは想像以上に難しい問題です。

 コミュニケーションを円滑にするために、相手を思いやることは大切です。しかし、無言の思いやりでは、コミュニケーションを停滞させてしまいます。相手を思いやっているということを、正しく伝えなければ空回りになるだけです。また相手が憶測で判断してしまわないためにも、必要なデータを正確に伝えなければなりません。コマンダーは、言葉にしなくても伝わるだろうという、「阿吽の呼吸」を前提にすべきではないのです。

 もちろん、言い方は考えるべきでしょう。相手を尊重し、しっかりと言葉を選びながら、言わなければならないことはきちんと言う。私はそのスタイルがいいと思っています。

 日本人より意思表示がはっきりしている外国人であっても、厳しい言葉を投げつけられれば傷つくのは当然です。必要のないところで反感を持たれても、得られるものはありません。伝えたいポイント、伝えなければならないポイントを、タイムリーに相手に伝える。これをコミュニケーションの主眼に置けば、言葉の表現をあえて厳しくする必要はないと思います。

 特にISSのような閉鎖空間内ではストレスが高まりやすいため、コマンダーは無用な誤解を生まないようにすることも大切です。各宇宙飛行士の立場でもそれは変わりません。発言の仕方によっては、その汲み取られ方が変わることも意識しておいたほうがよいと思います。

※本インタビューの全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2014年11月号の特集「創造性 vs. 生産性」に掲載されています。