こうした不条理はリーダーにのみ起こるわけではない。こういう場合はこうするのがよい方法だと上司や先輩から倣い覚えた結果、真面目な人ほど方法を遵守すること自体が目的になってしまうことも珍しくない(方法の自己目的化)。特に組織の伝統、アイデンティティになっている場合には、それを変更することは、組織を否定することにもなるため、これは「上」のいうことが絶対という軍隊的な組織ほど起こりやすい。その方法が時代錯誤で弊害が大きくても、変更することはできなくなるのだ。

埋没コストが与える負の影響

 このようにみてみると,多くの組織の不合理は埋没コストに囚われることで、生じることがわかるだろう。では、なぜ埋没コストに囚われると不合理が起こるのだろうか。それは埋没コストとはそれまで費やしてきた時間、労力、資金といった「過去」をベースとした意思決定であるためだ。それに対して、方法の原理とは、状況と目的、つまり現在の状況と目指すべき未来を基点とした意思決定に他ならない。つまり、埋没コストによる意思決定とは真逆のベクトルの考え方なのである。

 方法の原理だけをみれば、至極当たり前の考え方のようにみえる。しかし我々が過去に囚われた意思決定をしてしまうことを考えれば、それを自覚的に使うことの重要性がわかるだろう。現在(状況)と未来(目的)に焦点化したまっとうな意思決定をするためには、方法の原理を組織に実装することしか対策はない。

 たとえば、あなたは関心をもって聞いてもらえていないことに気づいていながら、準備した通りのプレゼンをそのまま続ける人をみたことはないだろうか。なぜそうなるのか。準備したものを使わないというのは、そこにかけた時間、労力が埋没することを意味するため、「もったいない」という心理が働くのである。

 もちろん、自分一人の問題であるならば、その人が「反応がいまいちだから、これは使わずに、もっとよい反応が得られそうな話をしてみよう」と決断できれば済む話であり、そうした意味での柔軟な変更というのは比較的容易である。しかし、みんなで長期間かけて準備してきたものを、その場の状況をみて変更するというのは、相当な勇気と覚悟が必要となる。「今までミーティングを重ねて準備してきたのに、それを使わないなんて」という批判を受けることもあろう。さらにいえば、何年も投資してきた事業から撤退することがどれほど至難の業かは推して知るべしである。