そこにある現象の中に課題が
見える人と見えない人

 私がボストンでそんな体験をしているときに、たまたま日本の弟から絵葉書が届きました。その絵葉書を見て、私は椅子からずり落ちそうになった。

 絵葉書は、東京の溜池から三井霞が関ビルを写した写真で、手前にはスパゲッティのように複雑に交差する首都高速道路が映し出され、その真ん中に日本初の超高層ビルが文字通り空を切り裂くようにヒュッと建っている構図でした。

「なんだ、これは!」

 私は呆れ返りました。

――日米の意識の差ですね。

 高架のハイウエイは環境破壊を招き、景観上も醜いという理由で開発計画中止を決断する米国人の認識に対して、それをあたかも近代化の証でもあるかのように絵葉書にしている日本人の感覚。彼我の意識の差に愕然としました。ものすごいショックを受けました。

 意識の先進性、進み方はこのように、同じものを見てもそこにある現象の中に課題が見える人と、見えない人という、恐ろしい差になってあらわれるのです。

 課題が見える人は、その課題を解決すべく課題設定をすることができます。しかし、課題が見えていなければ、課題を明確に設定することに注力、努力することなど思いも及びません。課題設定が的確にできないと課題解決はできないのですが。

 他に先駆けて課題設定ができるかどうかは、こうした意識の進み方によるものなのだと、私ははっきりと分かった気がしました。

――いけないことだと知ること、それに気付くことが、課題設定への入り口になるということですね。

 日本でも、迅速な課題設定と課題解決が遂行されたことはあります。1960~70年代にかけて公害問題が大きな問題としてクローズアップされました。大気汚染に関しては、それが害悪であることを認識するやいなや対策を次々と打ち立てて解決しました。

 それまでは工場の煙突からモクモクと煙が出ていても、景気がよさそうだくらいの認識で、それが自分たちの健康にどれほど深刻な影響を及ぼすかなどあまり考えていなかった。ところが、健康を害することと分かったとたん、日本人は正しい課題設定をして解決していった。ですから課題設定力がないわけではありません。気付くことができていないだけなのです。

――なぜ、気付くことができないのでしょうか。

 戦後、課題は常にアメリカで設定され、日本はそれを解決するだけという時代が長く続いたせいで、課題設定を自力でやらない国になってしまったからです。多分、例外は1960年代にできた国民皆保険の医療制度と、車両のすべてにモーターが付いた世界初の高速電車である東海道新幹線くらいではないでしょうか。

 1980年代の一時期、日本的経営がもてはらされ、日本語による表現が力をもった時期がありました。しかしすぐに逆転され、その後はアメリカから入ってくるだけになってしまった。

 特にビジネスの世界では全てがそうでしょう。欧米から持ち込んだ概念を安易に英語やカタカナで表すだけ。CEO、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、アカウンタビリティ、ロジスティクス、シェアホールダーバリュー、レジリエンス……。突き詰めて考えていないまま常套句、お題目にしてしまった結果、どれもが価値を発揮できず本当の意味で経営に役に立っていない状況です。

 残念ですが、これが、課題設定を自分でやることから遠ざけ、思考停止のまま課題設定をする意思を失い、そのための方法論を追求しなくなっているように思います。

(構成・文/田中順子)