――自分の教えたシェフが、独立して自分の店を構えてもよい時が来たことを、あなたはどのように知るのですか。

松久 人に親愛を示し、人の教えに深く耳を傾けている者なら、独立してもよいとわかります。話を聞かない者も、聞く者もいる。聞く耳を持っている人に料理長になってほしいんです。そうなれば、スタッフは自分が大事にされていると感じて全力を尽くすでしょう。誰かが次のステップへと上るのを見ることは、私の喜びです。

――あなたとノブのシェフたちは、顧客の声からどう学んでいるのですか。

松久 私はどの店舗でも、ノブのユニフォームを着ています。するとお客さんが、食事を終えた後にお礼を言いに来てくれます。私も、当店に来てお金を使っていただいたお礼を言います。"Thank you"が私の役割なんです 。幸せそうな表情のお客さんを見るのは嬉しいものです。ですから我々は、お客さんの求めていることに耳を傾けます――「塩分を少なく」、「甘味がもっとほしい」、「ソースを横に添えてほしい」といった声に。時折、お客さんがアイデアをくれることもあります。

――多くのシェフは、厨房では厳しく振る舞い、口やかましく言うものです。あなたのリーダーシップのスタイルはどうですか。

松久 私も若い頃には、声を荒げることもありました。いまは、そんなことはけっしてしません。完璧な人など、私も含め誰もいませんし、人は失敗から学ぶものです。そして過ちを補い、さらに努力をします。ですから私は、ただ歩き回ってシェフたちのやることを見ています。怒鳴ることはまずないです。

――あなたも最初は見習いから始めたのですね。修行の経験は、あなたのキャリアにどう役立っていますか。

松久 私は18歳でこの道に入った時、魚のことなど何も知らず、師匠が基本を教えてくれました。最初の3年間は寿司を握ることなく、皿を洗い、魚をきれいにしていました。でも私が質問すれば、師匠は必ず答えてくれました。修行で大いに学んだのは、耐えることです。そして、何ひとつ無駄にしてはならないことも。魚を1匹買ったら、骨まで使うんです。

――独立後、複数の国々で仕事をされていましたね。料理への影響とは別に、当時の異文化での経験は、その後のグローバルな事業運営にどう役立ちましたか。

松久 日本で生まれ育った私は、自国の文化はよく知っています。初めてペルーに行った時には衝撃を受けました。でも多くの異文化で過ごしていくうちに、1つの考え方にとらわれる必要はないと気づきました。そして、人とのより前向きで自由な接し方を身に付けることができました。