●「インボックス・ゼロ」(受信トレイを空にすること)を目指しても、だめだった。インボックス・ゼロのにわかなブームは、後になって振り返れば80年代のエアロビクスのブームと同じように映るのではないだろうか。つまり、完璧さを過剰に求める歪んだ願望の表れだ。女性の太ももがアルミ管に似せられていないのと同じく、受信トレイも中身をゼロにするよう意図されているわけではない。現在、私は受信トレイの未読メッセージを2桁に保つようにしている。あまりに増えてくると、ため息をつきながら通常よりも若干早めに出勤し、許容量に戻るまでせっせとメールを処理する。お気に入りのジーンズがきつくなってきたら、しぶしぶと(だが一時的に)パストラミからルッコラに変えるのと同じやり方だ。

●「メールは1度だけ読み、すぐにその場で処理」(Only Handle It Once)のルールに従うのは、無理だった。これは編集者だけでなく、ほとんどの知識労働者にとって従うのが本当に難しいルールだ。考えることは時間を要する。単純なイエスかノーかの質問に答えるだけでも、場合によっては他者に意見を求めたり、参考資料を読んだり、少しばかり調査をしたりする必要が生じる。私は通常、それらの判断を効率的に下しているつもりだが(そうでなければこの仕事には向いていない)、上記のルールに従えば、それができなくなる。

●手の込んだフォルダーシステムを構築することは、無理だった。メールを読む時間さえ十分にない人が、メールを分類する時間などあるはずがない。検索ボックスはそのためにあるのだ。

●周りの人たちにメールのやり方を変えるよう頼んでも、だめだった。本題を件名欄に記すこと、本当に緊急なメッセージである場合に限り、「重要度:高」を示す赤い感嘆符を付けること、5つの異なる質問を5つのメールにして送るのではなく、1つのメールにまとめること――などを実際に頼んでみた。要望に応えてくれた人はわずかにいたものの(本当に感謝します!)、ほとんどの場合、予想通り非現実的な努力に終わった。

●文句ばかり言っていても、いいことはなかった。メールを目の敵にしていると、大事な人たちが私にメールを送ることをためらうようになった。これでは「サラはいつも多忙だから」という理由で、重要なやり取りから除外されかねない。自分の判断で重要だと思う議論に出入りするどころか、人々が私に対してメールの扉を閉じてしまうという事態が起き始めたのだ。それは私が望むことではなかった。

 私の改善の取り組みは、完了からは程遠い。見過ごしてしまうメッセージもある。ひとたびインフルエンザにかかれば、慎重に築いてきたメール管理システムが台無しになる。そしていまだに、「先ほどのメールが届いたか確認です」という2通目のメールに苛立っている――1通目から24時間も経っていない場合は特に。受信者による開封がリアルタイムで通知される〈シグナルズ〉のようなツールを使えば、そんな確認はもはや必要ない。とはいえ、メール管理をより体系的にやるようになってからは、そうしたメッセージは少なくなった。

 マサチューセッツ工科大学には古くから伝わる言い回しがある。「消火栓から水を飲むためには、ストローを使う必要がある」(大量の物事を受け入れるには、少しずつ処理する方法が必要である)。メールが消火栓であるとしたら、シグナルズやトレロ、セインボックスなどのアプリはストローといえる。17世紀英国の手紙の書き手とは異なり、現代のメール送信者は「コピー」と「ペースト」のショートカットキーがあるだけでもありがたく思うべきかもしれない。


HBR.ORG原文:8 Ways Not to Manage Your Email (and 5 and a Half Tactics that Work) April 11, 2014

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サラ・グリーン(Sarah Green)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』のシニア・アソシエート・エディター。