●会議ばかりの毎日をやめた。これまで私はカレンダーをミーティングの予定で埋め尽くしていた。1日を終える頃に受信トレイを見ると、何百もの未読メッセージであふれ、気分が落ち込んだものだった。そこで、カレンダーで週に2~3カ所、あらかじめ大きな予定で埋めておくことで対処しようと試みた。だが同僚たちが、私のカレンダーに記された2時間の「会議」はでっち上げであることを知るに至り、結局は私を会議のメンバーに入れるようになった。現在は、1回当たり30分か1時間の会議の予定をランダムに入れ、毎日約2時間の「自由」を確保している(同僚たちへ:私を捕まえられるものなら、やってみなさい)。

●休暇を取る2週間前から、メールの署名欄に私の不在期間を記入しておく。これは、ほとんどの人が読まないか覚えていない一括送信メールで知らせるよりも、同僚たちの注意を喚起するはるかによい方法だ。そして休暇間際まで依頼メールに対応し、休みに入れば完全にメールから離れることができる。復帰後は遅れを取り戻せるように、2~3日の間は会議を断固として避ける。トスカーナ州のブドウ園や、パタゴニアのパイネ山群を行くロバの背の上、あるいは祖母の家のクリスマスツリーのそばにいるあなたが国家元首でもない限り、仕事のメールをチェックする必要はないと思う。世の上司のなかには、この件について理不尽な人がいることも私は知っている。私がHBRで働く理由の1つは、このような上司たちにそれが間違っていると説得するためだ。

●テクノロジーが生み出した問題を、人間の脳が解決できると期待するのをやめた。取るに足らない、ほとんどスパムのような大量のメールが毎日のように受信トレイを乗っ取り、重要なメールが埋もれてしまう――こんな経験をするたびに、私は心から不愉快になった(HBRがネコ用便座を販売する新興企業を紹介する媒体として望ましいとは思わないのだが、広報担当の方はありがたいことに、それを3度も提案してくれた)。

 最終的に私は、これは技術的な問題であり技術的な解決策が必要であることを認識した。そこでいくつかの選択肢を検討した後、〈セインボックス〉をインストールした。これはアルゴリズムに基づくフィルタリング・システムによって、最も重要なメールを判別して受信トレイに送ってくれる。それ以外のメールは〈セインレイター〉フォルダーに送られ、受信トレイはあっという間にすっきりする。私は1日おきに〈セインレイター〉フォルダーをチェックして、重大なメールがそこに放置されていないかを確認している。さらに、〈アンロールミー〉も使い始めた。こちらは、定期購読している複数のメールマガジンを1つにまとめダイジェスト版にしてくれるほか、不要なメルマガを配信停止にしてくれる。

●スマートフォンからメールする頻度を大幅に増やした(これは補助的な対策だ)。私が目を通した巷のメール管理術のほとんどは、スマホに頼らないよう勧めていた。だが実際には、スマホでメールをすると単刀直入で迅速なレスポンスができる(まだお気づきでない方に申し上げるが、私の文章は冗長になりがちだ)。そしてメールの署名欄には「スマートフォンから送信」と記されるため、短い文でも受信者の気分を害する可能性は低くなる。

効果がなかった方策

●「メールの時間帯」を1日に数回だけ設けても、だめだった。しばしば提唱されるこの方法は、私にはまったく効果がなかった。試してはみたのだが、メールの閲覧と返信を、次に設定したメール時間が来るまで結局続けてしまうことがあった。また、メール時間ではない時に、同僚たちが繰り広げている重要なオンラインのやり取りから取り残されることもあった。タイムリーなメッセージを逃すという不都合もあった。

●不在通知を戦略的に使いこなすのは、無理だった。会議の予定で本当に1日が埋まっている時、または締め切りに追われて原稿にかじりついている時に、不在通知の自動返信機能を試してみた。だがこれは受信者たちに、過剰な自己防衛だと感じさせた。不在期間が長くなる場合は、よく言及されるもう1つの方法――「私がオフィスに戻る○月○日に再送信をお願いします」という自動返信も試してみた。受信者たちはこれを尊大であると感じた。

●メールをものすごく短くする方法も、だめだった。簡潔にするということは、挨拶文と署名とパンクチュエーション(カンマやピリオドなどの記号)を省略することとはまったく違う。私は編集者として、この種のメール(例:「それ OKです ありがとう」)を送ることは個人的に気に障った。「フィッツハーバート教授、こんにちは。」と入力する時間やカンマを挿入する時間は、本当になかっただろうか? これほど極端に短いメールを書くのは不愉快だったし、自分が無能であるような印象を与えたのではないかと思う。