忘れ物をする人も、貸してくれる人が一緒になって
ひとつのコミュニティをつくった

 いまから思うと私は学校内で「忘れ物」助け合いの「ハブ」になっていたのです。どの曜日にどのクラスの生徒が何を持っているかをすべて把握しています。おまけに、その中の誰に頼めば貸してくれるかも熟知しています。そのため、ものは何であれ忘れものをした生徒は、私のところにやってくれば、どこに行って誰に頼めばいいかがわかるのです。場合によっては、一緒に行って一緒に頼むこともやっていたのです。

 ハブはやがてマーケットプレイスを生み出しました。一度でも借りる人(受益者)は、次にこちらからお願いすると必ず貸してくれます。貸してくれた人(提供者)が忘れ物をしたら、皆がその人に貸そうとします。こうして、受益者が提供者になり、提供者が受益者となり、このエコシステムは加速度的に大きくなって行きました。

 6年生になるころには学年中では、相当顔の広い生徒でした。何せ多くの人の忘れ物を解決する役回りを担っていたからです。ハブ役であり、いまで言う広い人脈をもっていたのです。女の子にはだらしない子どもとして人気がなかったですが、男の子には決して外せない友達として大事にされていたようで、とうとう、生徒会の会長にまで選ばれました。

 大人になってもこうした、だらしない忘れ物が多い性格はいまも変わりません。その一方で、編集者という読者とコンテンツを「つなぐ」仕事の片りんを小学生のころからしていたのだと自覚しています。

 そしてメディアの仕事をしていて思うのは、情報の発信者と受信者の明確な境界線はないということです。特にいまのようなネット社会でだれもが情報発信できる社会になると、その考えは強くなります。忘れ者をする人がいつもするわけではなく、貸す側に回ることもあり、その逆もあるように。そしてシステムとして両者の役割が柔軟に変わる仕組みが、もっともよい情報流通として効率がいいと思います。

 今回のブログはお盆中に書きました。弊誌とあまり関係のない話しになってしまったことお許し下さい。

 ちなみに私は小学高学年以降は、習字道具や絵の道具なしで過ごしてました。卒業直前に、ここ数年、絵具などを買っていないことに気が付いた親に学校生活の実態がばれて、怒られるのを通り越して呆れられました。(編集長・岩佐文夫)