交換価値より使用価値、事前規定生より事後創発性

 一般に、行動観察もビッグデータも、調査対象者が無意識のうちに取るさまざまな行動に潜む、暗黙知や潜在需要をあぶり出すところにその強みがあると考えられる。その強みは、顧客価値の中身を企業側で事前に規定することができず(あるいは、規定しようとせず)、企業の事業活動と顧客の使用行動が絡み合いながら使用価値が共創される事後創発のプロセスにおいてこそ、発揮されると思われる。

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出所:小野・藤川・阿久津・芳賀(2014)をもとに筆者加筆修正

第2回で紹介した2×2のフレーム・ワークを応用すると、現時点において、行動観察やビッグデータの活用事例は、図2の①にあたる、企業が事前規定的に製品やサービスに価値を埋め込む「交換価値」の最大化を目指す活動に多いように思える。しかし、こうしたアプローチが本来の威力を発揮するのは、企業と顧客が「使用価値」を共創する段階、とくに、事前には規定できない事後創発性の高いプロセス(図2の③)においてではないだろうか。

 その際、企業と顧客がつながるなかで、そのやりとりを通じて事後的に発現する事象をとらえる努力が必要である。そこには、行動観察やビッグデータが持つ長所を活かすと同時に、それぞれの短所を解決するための工夫が必要となるだろう。

 たとえば、同様に顧客の暗黙知に迫る手法として、イメージ(画像)とメタファー(比喩)を駆使する〈ZMET〉(ザルトマン・メタファー表出法)や、顧客の日常をランダムにかつリアルタイムに記録するために考案された手法である「経験サンプリング法」(Experience Sampling Method:ESM)、心の奥底にいだいている本音の意見と社会的な説明として行う建前の意見が異なることが多い研究領域で発展した「レスポンス・レイテンシー法」(Implicit Association Test:IATを含む)や、fMRIやEEGなどを用いて、消費者の心がさまざまに動いている際の脳の活動部位を直接的に調べる試みの「ニューロイメージング法」、眼球運動や心拍数、発汗、血圧、呼吸などの「バイオメトリクス・リサーチ」などと組み合わせることも可能と考える。

 また、顧客が飽きることなく継続的に調査に参加し続けることが重要となる。その目的のためには、たとえば、筆者が直接その詳細を知る手法のなかから紹介すると、株式会社GFLが開発した〈ファンケート〉のように、アンケートにゲーム性を取り入れて参加者の直観的な思考や感情をとらえる手法や、株式会社大伸社が提供する、ユーザーにデザインプロセスへの参画・協力を求める〈コ・クリエイション〉や、クライアント自身やユーザー自身が五感を働かせながらそのプロセスを体験する〈クルースキャン〉などを組み合わせるのも有効そうだ。

 行動観察やビッグデータを活用する際には、こうしたさまざまな手法を組み合わせることによって、交換価値よりも使用価値、事前規定性よりも事後創発性に着目することが大事だと私は考えている。

参考文献
小川進・藤川佳則・堀口悟史 (2011) 「知識共創論: ユーザーベースの知識経営に向けて」 『一橋ビジネスレビュー』 Summer 2011, 59(1), pp.40-52.
坂根正弘(2011) 『ダントツ経営―コマツが目指す「日本国籍グローバル企業」』 (日本経済新聞社)
藤川佳則・阿久津聡・小野譲二(2012) 「文脈視点による価値共創経営:事後創発的ダイナミックプロセスモデルの構築に向けて」 『組織科学』 Vol.46(2), pp.38-52.
Fujikawa, Y., Liu, T., Chang, T., and Guan. Z. (2014) “Yamaha VOCALOID™: Commercializing Technology That Sings” ICS Case Study, ICS-113-003-E.
Fujikawa, Y. and Guan, Z. (2014) “Crypton Future Media and Hatsune Miku: Creating ‘Music from the Future’” ICS Case Study, ICS-113-004-E.