――なぜそうなったのだと思いますか。

 たとえばトイレは和式と洋式がありますが、和式は疲れるから使わないという人が多いですね。家庭の中で座布団を使うこともほとんどないでしょう。畳の生活がない方も多くいらっしゃいます。欧米の文化を取り入れるときに、すべて楽な方に流れてきた結果ではないかと思います。
 学校教育でも変わってきています。元々集会とか朝礼と言えば、立っていたと思います。いつの頃からかそれが体育座りになってきました。ひとりが倒れると、みんな楽な方に持って行ってしまう。そのために体力がどんどん低下し、体を鍛えることにならないのです。

――礼法とは言っても武道のようですね。

 小笠原流礼法は850年の歴史を持ちますが、ずっと上級武士の間で育まれてきました。武家の礼法だったわけです。礼法とは身を修めるということです。身を修めるとは、常に正しい心を持ち、正しい姿勢を保つことです。正しい姿勢を保つには、体を鍛えなければできません。普段運動しない人たちが普段の生活のなかで体を鍛えるには、「立つ・歩く・座る」という基本動作のひとつひとつを、常に意識することが欠かせません。
正しい姿勢は見た人に、つくりものではない美しさを感じさせます。そして正しい姿勢は集中力を高める働きを持っています。プロの将棋を見ていると、普段はあぐらをかいて指していますが、ここぞという時には皆さん正座しておられます。やはり集中して何かを一生懸命考えようとすると、自然と正座になるのです。集中力を高めたいのであれば、まず姿勢を正すことです。

100%の力を出す必要はない

――流鏑馬は高い集中力が要求されると思いますが、どのような心持ちでいらっしゃるのでしょうか。

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小笠原清忠(おがさわら・きよただ)
1943年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、2001年まで医療金融公庫(現、福祉医療機構)に勤務。1992年、弓馬術礼法 小笠原教場31世宗家襲名。東京都学生弓道連盟会長、日本古武道協会常任理事、儀礼文化学会常務理事、皇學館大学特別招聘教授などを務める。各地での神事奉納のほか、海外でも流鏑馬神事などを執行。著書に『武道の礼法』(日本武道館、2010年)、『入門 小笠原流礼法』『小笠原流礼法DVD』『小笠原流和食の作法』(一般財団法人、2014年)など。(撮影:鈴木 愛子)

変に意識してはいけません。当ててやろうと思っていたりすると、それに気を取られて声が出なくなってしまいます。流鏑馬は馬に乗って弓を引いて声を出す、という3つのことを同時にしなければならないのです。最初は馬に乗るのに一生懸命、次は弓を引くのに一生懸命ですが、そのうち声も出せるようになってきます。そうすると今度は周囲が気になってくるのですが、よそ見をしていると今度は当たらなくなってしまいます。ですから、普段通りにするのが一番です。誰がどこにいるとか、そういうことを気にしてはいけません。普段通りやることが、一番の集中になります。

――環境が変わると、普段通りを本番で発揮するのも難しくなると思います。言い換えれば、本番と同じ集中力を普段から持つ必要があるということでしょうか。

 そういうことですね。普段の稽古でも、ひとつひとつがきちっとできるように丁寧に行うことを徹底しています。たとえば文字を楷書で一画一画をきちんと書くように、省略などしてはいけないのです。その積み重ねによって、集中力は培われるものなのです。
 侍は、いつ戦があるか分からないから常に鍛えていなければなりませんでした。礼法も仕事もまったく同じことです。毎日の積み重ねが現れるので、日々きちんとしなければならないのです。だから常に正しい姿勢を保つことが重要だ、と言っているのです。その時だけ正しい姿勢を、などというのはできないものです。