それが優れたリーダーと無力なリーダーの違いであるが、本を読んでも、性格診断を受けても、教室という安全な場で座っていても、残念ながら学ぶことはできない。

 私は1980年代後半に、アウトドアで山岳隊におけるリーダーシップの指導を始めて以来、ずっとリーダーの育成に没頭してきた。企画し指導してきたプログラムもさまざまだ。チーム・ビルディングの1日体験、30日間の自然探索、ビジネススクールでの講習、企業研修、シミュレーション、幹部向けリーダーシップ講習などをやってきた。

 どんなリーダーシップ開発プログラムにも共通する目標は、行動を変えることだ。プログラムを成功と呼ぶためには、参加者は終了後は別人のように見え、発言と行動が変化し、それが事業成果に結びつく必要がある。

 この基準から見れば、私がやってきたことの大半は失敗に終わっている(私が見てきた他者による研修も同じだ)。たしかに、研修はほとんど常に楽しく興味深い経験で、参加者は熱心に取り組む。研究に基づいた有益な知見も豊富に提供される。しかし、受講後も成果を上げ続けるように、行動を劇的かつ持続的に変えたかと問われれば、答えは否だ。

 それはなぜか。私たちは、間違ったことを間違った方法で教えているからである。

 リーダーシップにおける課題が「勇気」であるなら、それこそ私たちが教えなくてはならないものだ。たとえばコミュニケーションは、学ぶだけではなく実行しなければ意味がない――緊張を感じ感情が高まっているその瞬間に。

 私が試してきたすべてのなかで、特に効果があったのは次の2つである。

1.リーダーシップ開発のプロセスを、実際の業務に組み込む
 学習と仕事の境界がないのが、理想の環境だ。アレンティクスの経営委員会は、まさにその好機である。経営陣が任務を遂行している、本物の会議だ。ただしいつもと違い、今回は(外部者である)私が参加していた。

 私は、会議に参加していた幹部それぞれの強みと弱みを把握していた。休憩を求めたのはそれが理由だ。15分の休憩中に何人かに声をかけ、以前交わした会話を振り返り、ヨーロッパ支社の業績についての彼らの懸念に言及した。「あなたが率直に発言するためには、何が必要ですか?」と問いかけたのだ。

 しかし私は、みずから会議を進行したり、問題を提起したりすることは控えた。彼らの仕事を肩代わりすれば、リーダーシップを伸ばす機会を奪うことになる。立ち上がって問題を提起するのは、彼ら自身でなくてはならない。しかも、ジャンを孤立や自己防衛に追い込まずに。彼らは私からすでにその方法を学んでいたが、現実の場面で、生身の同僚を相手に、実際の任務を通して実践する必要があった。