技術革新によってトレードオフである2つの目的(価値)を同時に追求しようとする試みは、生産現場でも起こっている。生産現場では、製品の多様性とコストが典型的なトレードオフであろう。多様な製品を作ろうとすると、頻繁に段取り替えをしなければならない。また1種類当たりの生産量が小さくなってしまう。それゆえ経験効果や規模の経済が効きにくく、コストが増加するのである。そこで、このトレードオフを克服しようとする方法がいくつか試みられてきた。昔でいえばフレキシブル・マニュファクチャリング・システムがそれであろう。最近で言えば、3Dプリンターによって、製品の多様性増大とコスト低下を同時に達成できるようになるかもしれない。

 製造機械によってではなく、生産方法によってもトレードオフを解消できることがある。たとえば中国市場で急速に成長してきたフォルクスワーゲン(VW)。その急成長のカギは、モジュール式の生産方式にあるといわれている。VWは、モジュールと呼ばれる共通部品の固まりを開発し、それらを組み合わせることによって市場ニーズに適した車を生産する方法を導入した。これにより、開発期間を短縮し、開発費を削減することができた。また、同じラインで異なる種類の車を生産できるようになった。結果、車種を増やしても、モジュールの生産量や1つの生産ラインで生産される車の台数は増えるので、規模の経済を享受できる。つまり、多様性とコストはトレードオフではなくなるのである。

二兎戦略はいつ有効か

 2つの目的(価値)が二者択一ではないというのは、追求すべき2つの異なる目的(価値)があるとき、一方に努力を集中させる一兎戦略よりも、両方を同時に追求する方が実現する価値の合計が大きくなるということである。努力や経営資源を(バランスさせて)配分して2つの目的を同時に達成しようとするやり方を、二兎戦略と呼ぼう。

 二兎戦略が有効なのは、インターネットやモジュール生産方式といった技術の変化が起こる場合だけではない。一兎戦略それ自体に、2つの目的(価値)が二者択一ではなくなり、二兎戦略を有効にするメカニズムが内包されていることがある。

 ちょっと話が脇にそれるが、複雑なソフトウェアの開発を考えてみよう。開発時間を短縮するために、通常は多くの人員を投入しようとする。持てる(人的)資源を投入すればするほど、時間を短縮することができると考えられているからである。しかし、F. ブルックスは、名著『人月の神話』(注2)のなかで、人員を増やすと開発プロジェクトの進捗がかえって遅れると指摘した。プロジェクトに関わる人が増えると、調整やコミュニケーションに要する時間が飛躍的に増えるからである。その結果、価値の生産曲線は逓減的、つまり投入資源の増加にともなう価値の増加が小さくなるように描かれるのである(図1参照)。