ただし、アクセシブル層の価格低下を放置すれば、ブランド全体のイメージに影響を及ぼしかねない。だからこそ、「若者向けの普及版としてセカンドラインをつくり、ノンラグジュアリー商品の攻勢からの防波堤の役割を担わせる」。財布やアクセサリーなどのカジュアルなラインアップ、ないし、先端的なデザインのウェアを本体と切り離して兄弟ブランドで展開する例は、アパレル系ではよく見受けられる。その代表的な成功例が、マークジェイコブスである。数百年の歴史があるラグジュアリーに比べるとブランド基盤は盤石とは言えなかったが、「マーク・バイ・マークジェイコブス」というセカンドラインを立ち上げ、見事に防波堤をつくり上げた。

 しかし、エルメスがセカンドライン戦略を採るかどうかというと、微妙である。同社は中国向けにShang Xia(シャン・シャ、上下)という別ブランドを開発、展開しているが、エルメスの名をブランド名に入れていないのも、親ブランドとの混乱を避ける狙いがあるのだろう。あのクラスがブランド名を冠したセカンドラインを出すとなればかなり話題を呼ぶだろうが、(ピラミッドにおいて)位置づけられる層が違いすぎるため、本丸のブランド価値を破壊してしまいかねないからだ。

 アブソリュート層に象徴されるように、ブランドの力の源泉は、つまるところクリエイティビティにある。その世界観、アイデンティティに価値を感じてもらえるか。ブランドの提供するストーリーを顧客に支持してもらえるかにかかっている。

顧客との新たなエンゲージメントの姿

 ラグジュアリー・ブランドにとって一番の危機は、商品が価格や機能で比較されてしまうことだ。実際に価格比較サイトなどを利用して、オンライン・ショッピングで安さを追求する消費者も増えている。また、ブランド価値の評価も、これまではブランド自身が歴史やクラフトマンシップといった物語を通じて表現してきたが、いまや個人ブロガーやソーシャル・メディアの情報を消費者が重視するようになった。ネット上のクチコミは、もはや企業側ではコントロールできない。そしてなにより、消費者がラグジュアリーに対して何を求めるかが明らかに変化しつつある(図表を参照)。とりわけ日米欧の成熟市場においては、もはやロゴでもなくステイタスでもなく、いかに自分らしい経験ができるかに関心がシフトしているのだ。

 ブランドに求められる価値、そして関係性が変化していく中、改めていま問われているのは「顧客をどのようにエンゲージしていくかです」(ゴヴァース氏)。 顧客とブランドとの間に、いかに強い絆を築いていくか。顧客にブランドとのつながりをいかに感じてもらえるかが喫緊の課題になっている。

 たとえば、「メルセデス・ベンツ・コネクション」「パラッツォ・ベルサーチ」など、直接顧客に世界観を伝えるためにカフェやホテルなどの空間をつくるケースや、バーバリーの定番トレンチコートを自由にカスタマイズできる「バーバリー・ビスポーク」のようなウェブ上の試みがすでに始まっている。LVMHにいたっては、自らのブランド名を冠さないデジタルマガジン「NOWNESS」を発行している。既存のメディアの影響力が低下している昨今、オウンドメディアで自ら積極的に発信していく動きは今後も加速すると思われる。

 プレミアム価格を設定できる源泉、ブランド価値をいかに提供するか。そのためには、価格以外のさまざまな方向から商品のポジショニングを考えることが欠かせない。そしてそれは、けっしてラグジュアリー・ビジネスだけに当てはまることではなく、ノンラグジュアリー、ノンブランド・ビジネスにおいても十分活用できる視点なのである。

(了)

 

【連載バックナンバー】
第1回:何が価格を決めるのか
第2回:ラグジュアリー・ビジネスの市場構造
第3回:いかに価値を感じてもらえるか