しかも、もうひとつ、心理的なファクターがプライシングに作用する。それは「商品をいくらで購入したかということを、半年経っても消費者が覚えているかどうか」という、心理的なファクターである。「消費者があまり覚えていないと判明すればさほど気にする必要はないのですが、よく覚えているという結果が出る場合は慎重にプライシングすべきです」(ゴヴァース氏)。たしかに、アクセシブル層の商品を手に取る消費者は、若干の背伸びをして購入することも多く、いくらで手に入れるかを気にせずにはいられないだろう。この場合、価格を上げることは容易ではない。

アブソリュート層になると、プライシングはロジックを超越する

 その点、アスピレーショナル層は、アクセシブルほど価格弾力性はない。ここで重要なのは、商品のほとんどがいくらで売られているのか(バッグが20~30万円)、そしてブランドや商品の間にどれくらいの価格差があるのかということである。とはいえ、ゴヴァース氏によれば、この層にもロジックがないわけではない。原則としては、「コスト+マージン」とのことだ。

ゴヴァース健二氏
(Kenji Govaers)

ベイン・アンド・カンパニー、東京オフィス パートナー 仏ESCP Europe経営学修士課程(MBA)修了。20年以上にわたり、日米欧のラグジュアリー、アパレル、化粧品、食料品といった消費財企業を中心に、企業再建、成長戦略、販売兼物流事業改善、ビジネスモデルの再構築等のプロジェクトを手がける。

 たとえば、ラグジュアリー業界に特有の要素にクラフトマンシップがある。職人が手作業で時間をかけて生産するため、人件費を筆頭にコストが膨らんでしまう。その点はグッチもヴィトンも同様で、だからこそ似たような価格帯となる。

 また、マージンの決定には、路面店の出店が大きく影響してくる。ラグジュアリーの店舗は一等地が多く、出店コストや人件費も一定額がかかってしまう。とはいえ、かつて盛田昭夫がソニービルを、スティーブ・ジョブズがアップルストアを肝いりで建てたように、店舗を含めて提供される顧客体験はブランド価値において非常に重要である。LVMHケリング、リシュモンなどが独立系ブランドを買収し、巨大ブランド帝国を築いているが、その狙いの1つは出店時のリスクを下げたいという点がある。

 在庫の問題も高マージンの一因となっている。カジュアル衣料販売ZARAのような、売れ筋をスピーディに製造し在庫ゼロを目指すビジネスモデル(SPA)とは異なり、ラグジュアリーは余剰在庫が発生しやすい。コレクションの開催から市場投入まで時差があり、見込み生産を迫られるからだ。「最終的にはアウトレットやバーゲンセールで処分するが、それら在庫処理コストも踏まえたマージンを設定している」(ゴヴァース氏)。

 その点、数百万、数千万円という世界のアブソリュートのプライシングは、ロジック超越している。クラフトマンシップにしても、1人の職人が数百時間かけてつくるため、単純にコストだけでも驚くほどの価格となる。200万円もするエルメスのバーキンも、すべて手作業で熟練の職人にしか手掛けられない。「そう簡単に生産量を増やせないため、希少性が保たれ、それが価格に反映される」というわけだ。むしろ重要なのは、(本連載第1回で紹介したように)「いくら支払ってでもほしいと思う」顧客の意思(WTP)に足る、クリエイティビティが問われる。しかし、もちろんそれはブランドの力による。アブソリュート層でもブランド力がなければ、その商品をつくるのにどれだけの手間がかかったとしても、高い価格を設定することはできない。

(つづく)

*次回は6月12日(木)公開予定。

 

【連載バックナンバー】
第1回:何が価格を決めるのか