このことは、活動とその見返りとが直線的に関連しているのであればまったく問題ない。しかしこの世界では、ほとんどのことはどうでもよく、本当に価値があることはごくわずかである。これは直観的にはわかりにくい考え方だ。結局のところ、努力をした分だけ結果が得られるという考え方は魅力的であり、公平であるように思える。しかし、多くの分野にまたがる研究からはまったくそうではない結果が示されている。

 時代を1790年代まで遡ると、ヴィルフレド・パレートがこの非直線的なパターンをイタリアで観察し、土地の80%が20%の人間によって所有されていることを見出した。後世になって、品質向上運動の第一人者であるジョセフ・M・ジュランは、この洞察を「パレートの法則」と名づけ、経済学以外の分野にも適用した。著書『品質管理ハンドブック』のなかで、ジュランはそれを「少数の重要項目の法則」(The Law of the Vital Few)と呼んでいる。その見解によれば、問題のほんの一部分を解決することによって製品全体の品質を大幅に向上できるという。当時、低コスト低品質の製品を製造していた日本では、彼の主張に熱心に耳を傾ける人々がいた。品質管理の工程を採用することによって、「メイド・イン・ジャパン」という言葉は以前とはまったく異なる意味合いを持つようになった。そして次第に、品質革命は日本を世界的な経済大国へと押し上げていった。

「多数の軽微項目」と「少数の重要項目」とを区別することは、人間のあらゆる種類の試みに適用できる。これをリチャード・コッチは非常に説得力のある形で説明し、パレートの法則(80対20の法則)を日々の生活に適用する方法について複数の本を著している。実際に、実例はどこにでもころがっている。

 綴り文字による速記法の考案者であるサー・アイザック・ピットマンを考えてみよう。彼は、英語の3分の2がわずか700語で成り立っていることを発見した(後に言語学者ジョージ・キングズリー・ジップによる「ジップの法則」でも確認されている)。あるいは、マイクロソフトの元最高技術責任者(CTO)であるネイサン・ミアボルドの言葉もある。「最も優秀なソフトウェア開発者たちは、平均的なソフトウェア開発者よりも――10倍や100倍、1000倍ですらなく――10000倍も生産性が高い」(後日、本記事のためにこの言葉を本人が直接認めてくれた)。これは大げさかもしれないが、それでも努力と結果は直線的な関係を成さないという核心を突いている。

 いったん50対50の論理を捨て去ると、私たちはあらゆる行動に直観を働かせるようになる。周囲の環境を見回して、物事の本質を探るようになる。真に重要でないものはどんどん切り捨てるようになる。本当に必要な1つのプロジェクトを見極めるために、1000のプロジェクトを却下するようになる。