運動に関して私が抱えていた根本的な問題は、もっと「生産的なこと」をする時間が奪われるということだった。(会社や同僚や家族の世話ではなく)自分を磨くためにジムに通うなんて、身勝手なことのように思えたのだ。アメリカ育ちの私の中にある、勤労を尊ぶピューリタンの労働倫理にいつも押し切られていた。しかし運動をミーティングの一部にすれば両方を同時にできると気づいて、初めてもっと運動をするようになった。一石二鳥というやつだ。仕事のために健康を犠牲にすることも、フィットネスのために仕事を犠牲にすることもない。フィットネスを優先項目の1つにすることがようやく私にとって葛藤でなくなったのは、たぶんそのためだ。ドアを開けて外に出るだけのことだし、必要なのは換えの靴くらいだ。

 たしかに、断られることもある。私が散歩会議に誘う人々の3割くらいは、歩きながら打ち合わせをする準備ができていないと言う。ある人などは、私と歩く時に恥をかかないように、ミーティングの丸1カ月前から普段より体を動かすように心掛けていた、と後になって話してくれた。散歩会議を断った相手を云々言うつもりはないし、たいがい別のタイプのミーティング(ランチなど)をすることになる。しかしふと思い出すのは、ジェイムズ・ファウラーとニコラス・クリスタキスの共著『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』(邦訳2010年、講談社)で紹介されていた研究成果だ。それによれば、肥満はネットワーク効果で伝染するという。何千マイルも離れた場所に暮らす友だちの友だちの友だちが太ったら、自分も太る確率が高くなる。逆にもしその間接的な友だちが痩せたら、同じ町に住んでいなくても、自分も痩せる確率が高くなるという。だから私は媒介役になって、体を動かすことが大切だということ、そして1人ひとりが大切な存在なのだから、自分の健康に気をつけなければならない、ということを広めようと思っている。

 こうしたミーティングを何百回と繰り返すうち、私は予期しなかったおまけがついてくることに気づいた。第1に、コーヒーショップで相手と向かい合わせで座っている時よりも、並んで歩いている時のほうが相手の話がよく頭に入ってくる。隣に並んでいると、目の前にある問題やアイデアに向かって一緒に進んでいるような感覚になれるのだ。

 第2に、動き続けているので、携帯機器は仕舞われたままだ。今日では、完全なる集中というのは最も得がたいものだろう。私は散歩会議のおかげで、この集中力をいままでとはまったく違うやり方で生かすことができるようになった。

 そして最後に、ほぼ毎回、楽しい気分で散歩会議が終わる。一番嬉しいのは、(特に1度こうしたミーティングを断られた人から)「こんなにクリエイティブな時間を過ごしたのは久しぶりだ」と言われることだ。そう感じたのは、たぶん屋外に出たからだろうし、歩いた結果だろう。ウォーキングが脳によい効果をもたらすことは、もちろん研究によって証明されている。

 型にはまらない思考をしたいなら、文字通り型から抜け出す必要があるのだ。外に出れば、自然の息吹や季節のサイクル、意外性に身を委ねることになる。夏の猛暑や冬の凍てつく寒さを体感すると、身の回りで起こっていることに対して敏感になる。周囲の世界との断絶ではなく、そこに存在する自分を実感できる。

 この習慣を(自分のためにも人のためにも)貫けるように、私はカレンダーに散歩会議の時間を常に確保してある。週に朝2回(終了後にシャワーを浴びられる日)と、1日の終わりの時間を2回。なるべく「普通」の着席する会議より前もって予定を入れる。そうすれば、その日に運動しない言い訳が立たないし、日中にも頭が冴える。何よりメールの受信箱を気にしながらゾンビのようにくたびれて夕方を迎えずにすむ。まれに散歩会議をドタキャンされた時も、私は予定通り出かけるようにしている。すると、自分の内なる声さえもはっきりと聞こえてくるのだ。


HBR.ORG原文:Sitting Is the Smoking of Our Generation January 14, 2013

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ニロファー・マーチャント(Nilofer Merchant)
スタンフォード大学講師。これまでに100を超える製品を立ち上げ、その総売上は180億ドルを超える。アップル、オートデスク、ゴーライブ/アドビといった優良企業での経験を持つ。協働型リーダーシップの専門家であり、著書に11 Rules for Creating Value in the Social Era (HBR Press、2012年)などがある。