2030年に向けて、今から備えるべきこと

 ここまで予測したような未来においては、 個人やモノのIDに紐づいた高い精度のデータが大量に入手可能になるため、アナリティクス活用の機会は無限の可能性を秘めている。海外では、既にトレンドを先取りした活用事例が増加しているが、当面は、多数の新興企業がサービスを競い合い、そのどれかがユーザーの琴線に触れることで、iPhoneのように爆発的に普及することになるだろう。
 不確実な未来に向けて、国や企業が確実に備えるべきものは、3つあると筆者は考える。

(1)データの公開
 企業レベルでは、外部にセンサー・データを公開する動きが出てきており、こうしたデータが活用できるようになると、センサー・データを中心とした“エコシステム”の実現が現実味を帯びてくる。例えば日本では、東日本大震災の際に、自動車業界横断でプローブ情報を集約し、そこに国土交通省の「通行止情報」を加えたうえで、「自動車・通行実績情報マップ」をGoogle Mapsで公開したことで、通行ルート確保に大きく貢献した実績がある。このような官民・業界横断の取組を定常的に行うことで、未来のアナリティクス活用サービスの芽を育てることが可能と考える。
 国家レベルでみると、海外ではオープンデータの整備が進んでいる。2009年にアメリカのData.gov、イギリスのData.gov.ukが設立された。Open Data Indexが世界70か国を対象に行った調査結果によると、イギリス、アメリカ、デンマーク、ノルウェー、オランダといった国々がオープンデータへの取り組みが高評価である一方、日本の評価は30位であり、さらなる取り組みの加速が必要とされている。
 また、アメリカやイギリスでは自治体レベルでの取り組みも活発である。ニューヨーク市ではNYC Open Dataというサイトで、行政、教育、交通など公的機関が所有するデータが公開されており、Wifiスポットや地下鉄の出口など、2014年4月17日時点で、1,100以上のデータセットが誰でも活用できる。日本では、2015年末の完成を目指してオープンデータの整備が始まっており、経済産業省がOpendata METI β版を公開している。

(2)データの統合
 アメリカでは、CIAや FBIが持つDNAサンプルや金融取引履歴など数千に及ぶデータベースが存在するが、それらを統合してリスク管理に活用できなかったがゆえに、9.11のテロを未然に防ぐことができなかったと言われている。Palantir社は、FBI、CIA、米国防省、NY市警察に対して、大量のデータを短時間で統合し一つのシナリオに組み上げるデータマイニングのソリューションを提供し、国をテロから守るための支援をしている。
 つまり、情報を取得するだけでなく、短時間で統合し一つのシナリオに組み上げることが、これからの時代に必要であり、キュレーションやデータ・クリーニング、データ変換といった領域で、Data Tamerなど数々の新興企業が開発競争を繰り広げている。

(3)データ・アナリティクス人材の育成
 アメリカでは2012年からデータ・サイエンス/アナリティクスの専門学科の創設がブームとなり、MIT、カリフォルニア大学 バークレー校、コロンビア大学、シカゴ大学、ニューヨーク大学といった名門大学が名を連ねている。また、大学の有料講座に加え、コーセラ(Cousera)などのEdTechでもオンラインで無料の授業が提供されている。
 日本では2014年3月現在、専門として統計学部を持つ総合大学は存在していない。統計数理研究所など、限られた教育機関がその任に当たっている状況だ。アナリティクスを経営に活かす企業が飛躍的に増える一方、日本経済新聞の2013年7月17日の記事によると、データ・サイエンティストは将来的に国内で25万人不足すると言われている。アクセンチュアでは、2013年9月から慶應義塾大学とのデータサイエンスに関する産学連携講座を開始し、2014年4月には基礎科目になった。今後、政府・企業をあげて日本のアナリティクス人材育成を加速することが重要だ。

 より高度で快適な社会を築き、企業はさらなる競争優位を築くためにも、アナリティクスの活用は不可欠だ。さらに言うと、成果を上げている企業ほど、先端技術のみならず、それをいかに適用させるかに貪欲だ。先月、筆者がMITの講義を受講した際、データプロダクト処理基盤の生みの親であるMichael Stonebraker博士が講義を担当されていたことに驚いた。70歳になる今でも小売の現場に行き、先端技術の適用に奔走されている話を聞いたのだが、技術者として試行錯誤を重ねながら、常に現場を意識した実践家としての姿勢に大いに感銘を受けた。

 データを単に分析するだけでは何ら価値を生まない。アナリティクスは、分析結果を意思決定の最適化につなげ、かつ業務の運用にまで落とし込むことができて、初めてその真価を発揮するのだ。これまでの連載の中で示してきたポイントを押さえ、見事アナリティクスを根付かせることができればきっと、より豊かな社会を実現することができるはずだ。(了)

 

工藤 卓哉(くどう・たくや)
アクセンチュア株式会社 アクセンチュア アナリティクス日本統括 マネジング・ディレクター。
慶應義塾大学商学部卒業後、アクセンチュア入社。経営コンサルタントとして事業戦略等の策定に従事した後、公共政策を学ぶため、退職留学。コロンビア大学 で環境科学政策を研究し修士号を取得。カーネギーメロン大学情報工学修士号取得。ブルームバーグ市長政権下のニューヨーク市で統計ディレクター職を歴任。 11年に帰国し、アクセンチュアに復帰。13年6月より現職。著書に『データサイエンス超入門〜ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方』(共著、日経BP社、2013年)、『これからデータ分析を始めたい人のための本』(PHP研究所、2013年)がある。慶應義塾大学SFCデータビジネス創造ラボ上席所員・データサイエンス講師、会津大学 ソーシャルサイエンスプログラム客員教授。

 

林 素明(はやし・もとあき)
アクセンチュア株式会社 アクセンチュア アナリティクス シニア・マネジャー。
University of Wisconsin-Madison Engine Research Centerにて修士号を取得後、アクセンチュア入社。自動車および産業機械系クライアントを中心とし、R&D部門の生産性向上、IT部門のコスト構造解析、アフターセールス収益改善のための補修部品価格分析など多岐にわたる領域を支援。また、未来に向けたシナリオプラニングの経験多数。