アクション:記憶Chainの組み換え

 では、どのようにして組み替えれば良いのか。効果的なアクションを取るためには、記憶の仕組みを理解することが必要である。ここでもパンクセップ教授の理論を手掛かりとする。

 人が何を記憶するかは、古代の脳に備わった感情が決める。感情を強く掻き立てる情報は、サバイバル上重要なものと判断され、深く記憶される。逆に、そのアクションが感情を動かすことができなければ、記憶が組み替わることもない。理屈っぽくスペックのみを伝える企業は、感情を動かすことが出来ず、単に忌避されるのみである。これは、自分の良さを理屈で説得してみても、異性が口説けないのと一般である。

 常に意識すべきは基礎となる「7つの感情回路」である。その中でも、全ての回路と繋がり、最も強い感情をもたらすSEEKING(ワクワク)回路を刺激することが、記憶を組み替えるために最も有効である。商品そのものよりも、「可能性」として商品を提示することで回路を刺激する。

 ビジョンは長期的に固定するが、記憶Chainはアクションを通して、手間をかけ、盆栽のように育て続ける覚悟が必要である。ブランドとは一時のキャンペーンではなく、育てるものだというのも、それが消費者の頭の中の記憶であるからである。

 一見、勝ち目無く思える巨人たちと戦う際も、基本は上記のプロセスを用いる。巨人のビジョンを陳腐化するため、巨人のビジョンとそれを支える記憶チェーンを明示化する。そして、ビジョンを支える最も強い記憶を、新しいビジョンを掲げることで陳腐化するのである。

 これは、ジョブズがIBMに対峙した際に、IBMの最も強い「効率性」というExcellenceを陳腐化した手法である。彼は、Think Different”キャンペーン等のアクションを通して、人間の他の側面、すなわち真・善・美・壮の真(効率性)以外の部分を、”掲げることで、IBMのビジョンを陳腐化したのである。つまり、消費者の頭の中で、IBMのもたらす「効率性」という本来ポジティヴな記憶が、「非人間的なもの」として書き換えられたのである。

 切るべきは巨人のビジョンを支える最も強い記憶である。すなわちアキレス腱であり、それは人体の最も強い腱であるからこそ、勇士ヘクトールを引き摺ったアキレスでさえも倒れたのである。この戦い方の要点は、あくまで新しいビジョンを掲げることで、巨人を陳腐化することである。そうでなければ、SEEKING回路も刺激されず、記憶は書き換えられない。難癖を付けるだけのものは、かえって有害でしかないことには注意が必要である。

経験を超える

 人は過去を、経験を頼りにしたがるものである。データや先例があれば、それを基に意思決定を下したくなる。結果が悪くても、「ファクト・ベース」という免罪符を使える。ただ、それでは、「失われた価値」を世界に蘇らせ、熱狂を受ける英雄的な企業にはなれない。

 ただ、本連載の読者は、既存のビジネス書には書かれない「資本主義」と「ヒトの感情」という新しい世界の見方を手に入れたはずである。

 最後に、私自身も常に肝に銘じている岩井先生の言葉を引こう。

「真の理論とは、日常の経験と対立し、世の常識を逆なでする。それだからこそ、それはそれまで見えなかった真理をひとびとの前に照らしだす」 (注5)

 勇気を持って経験を超えよう。

【注】
(1)J.L.ボルヘス「詩という仕事について」岩波文庫
(2)iPad2公開時のスピーチwww.apple.com/apple-events/march-2011/
(3)岡本太郎「青春ピカソ」新潮文庫
(4)M.Porter, “What is Strategy?”, Harvard Business Review、図の一部はShadowxfox作成(Wikipediaより転載)
(5)岩井克人「二十一世紀の資本主義論」ちくま学芸文庫

 

【連載バックナンバー】
第1回 グーグルの逆説:資本主義的でないものを追求し利益を上げる
第2回 選ばれるのではなく、任されること:無限の選択地獄での勝ち方
第3回 カントと居酒屋と漱石:熱狂を生む企業とは
第4回 感情の論理:熱狂の生まれるところ
第5回 未来に熱狂はない:進化の賜物「7つの感情回路」