理知的な本能主義

「失われた価値」を探すもう一つの場所を示そう。それは美術と文学の中、つまり、それらに反応する自分自身の感情である。 

 岡本太郎が正しく指摘したように、ピカソはその破壊的な革命性にも関わらず、同時代人からの熱狂を受けた(注3)。彼の革命が、新しいだけではなく、当時の人々が「失った価値」を取り戻すものとして、迎えられたからである。つまり、当時の人々が直面していたのは、資本主義の進展、端的にいえば、重化学工業の進展に伴う分業の加速と、それに伴う個の分断である。そこに、キュービズムという新しい形で、世界の「本来の有機的な姿」をもたらしたのである。

 私は漱石や鴎外、ボルヘスを読んできた。しかし、最近、バージニア・ウルフの『灯台へ』を、なぜか感情が繰り返し求める。ラムジー家と海岸で過ごしたくなる。なぜその本、物語が感情を刺激するのか。

 ピカソのような美術にせよ、文学にせよ、そこでは「差異」こそが全てである。同じゲルニカは意味を持たない。現代の人々を熱狂させる作品、その作られた「差異」が私たちの感情を刺激する理由を考えること、そこに「失われた価値」を探すもう一つの場所が存在する。

 もちろん、私たちが物語に心を動かす時、そこには年齢、家族構成、人生での出来事なども影響を与える。ただ、世人が強く熱狂する作品には、その背景に現代の「失われた価値」と、それを回復させる物語が語られているはずである。

 自分の感情の動きに注意し、そして、なぜ心が動いたのかを理知的に解釈すること。ただし、それがこじ付けにならないためには、自分を取り巻く資本主義の変化、そして、「7つの感情回路」の何が刺激されたのかを、正しく判断することが必要である。

「失われた価値」を探すなら、生半可なマーケティングのセミナーではなく、美術館と図書館に行くべきである。

 では、以下で実戦の部、「記憶Chain」と「組み換えアクション」を駆け足で見よう。

 

記憶Chain

 人はビジョンを抽象的に示されても、感情が動かず、結果、記憶にも残らない。記憶させるべきは、経営者・従業員のイメージ(伝道者ジョブズや真面目なトヨタ社員)、商品・店舗の体験(スターバックス)、創業以来のその会社の神話・物語(ルイ・ヴィトンのタイタニック号の物語)といった具体的なものである。

 ビジョンに基づいて、このような消費者の記憶を構築していくのが、頭の中での戦い方である。そのためには、まず既存の記憶を明示化する必要がある。

 消費者が、商品についてどのような関連する記憶を持っているかを言語化し、紙上にマッピングする。そして連関の強い記憶同士をラインで結ぶ。

 記憶はその影響の強度により階層に分け、最も主要なものは3~4つ程度に絞る(Core Memory: CM)。その周りには、その主要な記憶を支える周辺記憶(Related Memory: RM)を配置する。どの記憶が主要であるかは、その記憶が失われた際に、どの程度購買行動が変化するかを検討すればよい。図1の記憶Chain図は、イケアやサウスウエスト航空で有名なM. PoterのActivity Systemを模したものであり、頭の内外の違いはあるが、概念的には近いものである。 (注4)

 まず、この既存の記憶Chainを作成し、次に、ビジョンを正しく伝えた場合の「理想的な」記憶Chainを作る。この両者の差分を図示し、組み替えるべき記憶の部分が明確になるからこそ、効果的なアクションが可能になる。また、「認知」、「購買意向」のような雑駁なものではない意味のあるKPIを手にすることができる。そのコミュニケーションは、消費者の記憶に何を書きこもうとしているのか。記憶Chainを明示することで、頭の中をブラック・ボックスにしたままアクションを打つ非効率を脱することができる。