ただ、「違い」を作ることのみが利潤を得る唯一の方法である「ポスト産業資本主義」の現代において、共通の記憶に基づいた理論は役に立たない。

 この議論の妥当性は、既存のビジネス書を開いてみれば明らかであろう。Google、Apple、Pixarを神棚に祀ることはしても、打ち負かす方法はどこにも書かれていない。また、立派なコンサルティング会社のオフィスで、「次のGoogleになりたいのだが」と相談しても、明快な答えは返ってこまい。これも、経験をのみ手掛かりとするという落とし穴のためである。

「違い」を作るためには、意図的に経験を超えなければならない。そうしなければ、SEEKING回路を刺激し、熱狂(マニア)を生み出すための「失われた価値」も当然見付けられない。それは目の前を見ても「失われている」からである。

 

人生の時間を超える

 岩井先生の資本主義論、カントの道徳の哲学、パンクセップ教授の感情の脳科学は、現実の経験を意図的に超えるものである。企業と消費者の底を流れる資本主義の大きな潮の流れ、古代から進化の過程で授かった「7つの感情回路」。いずれも個人の経験を、規模でも時間軸でも超えるものである。それは、言葉と同じように、私たちが生まれる前も、そして死んだ後も続くものである。

 では、実際にどのようにして仕事を行えば良いか。実戦で活用した例を示し、読者の意見を乞う。それは、私たちがいつの間にか「失った価値」を、世界に取り戻す仕事である。

 以下の事例中、守秘義務の関係から、具体的な企業名は出さない。また、示すのは複数のプロジェクトを材料として、再構築したものである。ただ、全ての部分は実戦を経たものであり、そして、その戦いの相手は、いずれもビジネス本において、ベスト・プラクティスとして祀られている巨人ばかりである。そのような一見勝ち目のない戦いを請け負うのが、私の仕事である。もし、読者が巨人の経営に関わる仕事をしているなら、どこから攻められるかが分かるだろう。

 

戦場の地図

 AppleやGoogleが持つ強みはどこにあるのであろうか。一つは従業員である。彼らは「グーグルの逆説」を通して集められた「違い」を意図的に作ることができる従業員である。では、その従業員たちは、どこにその違いを作るのか。もちろん、消費者の頭の中である。

 模倣のスピードが加速し続けるポスト産業資本主義において、目に見える物は簡単に模倣され、違いは食い尽されてしまう。どの市場も、いずれは消費者の頭の中での戦いに収斂するのである。

 そして、その頭の中で支配的な力を持つのが感情である。それは、サバイバル・ツールとして、進化の過程で備わったものである。人類の歴史を超える時間を掛けて作られた「世界を評価する仕組み」である。その評価基準が、Panksepp教授の明らかにした「7つの感情回路」に他ならない。消費者の頭の中での戦いを制するには、この従来ブラック・ボックスに入れていた感情の力を、明示的に利用することが必要である。