今を新しく見せる

 企業が「新しい因果」をもたらした際に、SEEKING回路が興奮し、熱狂(マニア)が生まれる。既存の世界を新しく見せるものに、消費者のSEEKING回路が刺激され、強い熱狂が生まれるのである。

 ここで注意すべきは、全く目新しいものはSEEKING回路を刺激する程度が強くないということである。熱狂を生むのは、「既存の」世界が新しく見えた場合である。目の前に見えていたモノ・コトが新しく結び付くことに、私たちは強い熱狂を覚えるのである。 

 仏陀もキリストも、「この世」の見方を大きく変えたからこそ、人々を長年熱狂させるのであり、実際に新しい涅槃をもたらしたわけではない。

 ここに企業がもたらすべき「新しい因果」のヒントがある。企業がもたらすべき「新しい因果」とは、既知だが「失われた価値」を、新しい形で提供するものである。岩井先生の議論にあった、「交換の失われた価値」を取り戻すために、インターネットという無機的な世界に「顔」を導入するのも、その典型例である。岩井先生の言葉をもう一度載せよう(連載第2回参照)。

「人間は本来交換する存在であるという交換の持つ本来の意味を、現代にかき立てる、そういう企業がある程度成功し始めているのかもしれない」

 Needsを満たす商品は満足を与えるが、Lostを取り戻す商品は熱狂をもたらす。企業が呈示すべき「新しい因果」を探すことは、「失われた価値」を探す行為に他ならない。

 未来に熱狂のヒントは落ちていない。なぜなら、太陽の下に新しいものが表れても、感情という評価基準(Deep Value System)は、数百年程度では変わらないからである。それは人類の歴史よりも長い時間を掛けて備わったものである。ボルヘスが指摘したように、太古から文学に表れるメタファーの数は限られ、主要なプロットの数が限られることも、基本的な感情は変わらず、その制約を受けるからである(注2)

 では、SEEKING回路を強く刺激するような、蘇らせるべき「失われた価値」とは、どうやって見付け出せばよいのか。もちろん、ただ古ければよいわけではない。それは、再び目の前に据えられた時に、強い熱狂を生むものでなければならない。「失われた価値をもとめて」、それが次の話。

*次回は5月14日(水)公開予定。

【注】
(1)Jaak Panksepp, “The Archaeology of Mind”, W.W. Norton and Company
(2)J.L. ボルヘス、「詩という仕事について」、岩波文庫

 

【連載バックナンバー】
第1回 グーグルの逆説:資本主義的でないものを追求し利益を上げる
第2回 選ばれるのではなく、任されること:無限の選択地獄での勝ち方
第3回 カントと居酒屋と漱石:熱狂を生む企業とは
第4回 感情の論理:熱狂の生まれるところ