感情とは進化の賜物

 これはビジネスの世界でも同様である。インタビューで言葉を拾う、エスノグラフィで行動を観察する。ビッグデータに基づき、統計的に群れで消費者を分析する。どれも感情をブラック・ボックスに入れたものである点は同じである。

 試みに多くのデータに基づいて、パワーポイントの上に並べられた「消費者インサイト」を見てみるが良い。物々しいデータの量に比べ、その結論の浅薄なることに驚くだろう。

 感情についての理論を知らなければ、どんなに材料を集めても、それを解釈することが出来ない。結果、自分の経験に基づいた憶断を出ない。データ解析部分が理論的に見えても、結論部の大切な解釈では経験主義に堕してしまう。

 ただ、もはや感情はブラック・ボックスではない。パンクセップは、動物の脳を刺激し(電気刺激・部位削除・化学物質投与など)付随する行動を観察することで、どの部位がどの感情を生み出すのか、それをコントロールする化学物質は何かを特定した。結論として、人間は哺乳類と同じ基礎的な「7つの感情回路」を持つことが示された。

 感情とは、エーテル状のガスなどではなく、サバイバル・ツールとして、進化の過程で私たちの脳の中に備わったものである。目、鼻、口、手、さまざまなセンサーによって外界から入った情報を、どのように評価すべきかを教え、それに付随する行動を取らせるものである。

 大雑把にいえば、怒り、恐怖、寂しさをもたらすものを避け、ワクワク、異性への憧れ、子への慈しみ、楽しさをもたらすものには近づく。この感情というサバイバル・ツールを持った個体・種が生き残ってきたのである。つまり、感情とは、もっとも基本的な「deep value system(評価基準)」である。

 そして、感情は、長い動物の進化の過程で備わったものであるため、私たち人類の個体の意志を超え、支配的な力を持つのである。そして、特定の商品が頭では抑えられない熱狂(マニア)を人にもたらすのも、この古いが強力な感情回路を刺激するからである。

 その中心にあるのが、SEEKING(ワクワク)回路である。人は、商品そのものよりも可能性を、更には世界の再解釈(Reshape)をもたらすものを強く欲させる回路を、耳と耳の間、古代の脳の中心に持つ。このSEEKING(ワクワク)回路を刺激した時、強い熱狂(マニア)が生まれるのである。どのような商品が、SEEKING(ワクワク)回路を刺激し、熱狂(マニア)を生むのか、それが次の話。

*次回は5月7日(水)公開予定。

【注】
(1)ヒューム「人性論」中公クラッシックス
(2)例えば、岩井克人「資本主義を語る」ちくま学芸文庫中の「進化論と経済学」
(3)特に注が無い場合、本連載におけるPanksepp教授の理論は、Jaak Panksepp, “The Archaeology of Mind”, W.W. Norton and Companyに拠る

 

【連載バックナンバー】
第1回 グーグルの逆説:資本主義的でないものを追求し利益を上げる
第2回 選ばれるのではなく、任されること:無限の選択地獄での勝ち方
第3回 カントと居酒屋と漱石:熱狂を生む企業とは