地理的な違いを利潤の源泉とした古代の商業資本主義(例、インドで胡椒を買い、ロンドンで高く売る)、それに続いて、工場を持つことで利潤を得る産業資本主義の時代に至る(「お金の時代」)。ここでの違いの源泉は、農村に蓄積された労働者の低賃金と商品価格の違いである。したがって、都会に若者を送り尽くすと、高度成長は止んだ。農村の金の卵は枯渇し、工場は利益を自動的に生むことをしなくなった。こうして現前した世界は、違いを「意図的に」作らねば利潤の得られないポスト産業資本主義の時代である。そして意図的に違いを作ることは、創造的な人間のみに許されたことである。

 先生は現在にまで説き及ぶと、「ここで面白いのは」という口癖を二度繰り返された。

「ところが、ここで面白いのは、人間の頭脳・創造性はお金で買えない。もちろん札束を切ればある程度喜んで働いてくれますけど、人間は基本的にお金で買えないということから、つまりお金のパワーが、力が消えてしまっている時代というのが、私の言っているポスト産業資本主義なんですね。

 しかも面白いのは、違いを生み出してくれる人間、また創造性を持っている人間をどうやって引きつけるかという時に、ここで「グーグルの逆説」が来るわけです。そういう人たちは何を求めるか。もちろん最低限の給料は欲しいです。ただ、本当に企業が欲しい人というのは、「お金で買えないもの」しか欲しくなくなっているという時代になりつつあるということなんです」

お金で買えないもの

 違いを作り出せるような人は、「お金で買えないもの」を欲する。先生は、従来そういった人材が集まった場所として大学を挙げられた。そこには、自由で文化的な環境、社会的な尊敬、一緒に働いて面白い優秀な同僚などがある。それらは、大学よりも良い給料に加えて、グーグルが提供しているものに他ならない。

「しかも同時に、グーグルは会社自体が、『自分たちは資本主義的ではない』『利益だけを追究する会社ではない』ということを意図的に標榜する。それが結果として、そこでも『お金でない何かを与えること』によって、グーグルに人が集まってくる。

 結果的に従業員が、20%は自分の興味のあるプロジェクトをやり、いろんなイノベーションが起き、それが最終的に会社に戻ってきて、資本主義を標榜しないグーグルが、資本主義的にも最も成功した会社になってしまったという逆説なんですね。これが非常に面白い」