コントロールへの欲求は「自己中心的」

 私たちは、コントロールできなかったことは他人のせいに、できたことは自分の手柄にしてしまいがちだ。これらは、「コントロールイリュージョン」がもたらす思い込みである。

 気質効果は、利益や損失の発生という状況の変化に合わせて自分自身の心理状況を対応させる。それは、どちらかといえば「受け身的な対応」である。これに対して「コントロールへの欲求」は、市場のすべてが自分を中心にして回っていると思いたがる、「能動的な心理的要因」である。自分は有能な運用者であり、市場は自分を中心にして展開していると思い込んでしまうのである。これは心理的要因のみにとどまらない。

 たとえば、2つの被験者グループに集中力を要する作業をしてもらうとしよう。被験者グループAは騒音の中で作業をしなければならず、しかもその騒音を止めることは許されない。被験者グループBは同様の環境で同じ内容の作業を課されるが、騒音を止めるスイッチを使うことを許されている。ただし、できるだけ騒音を消さずに作業をしてもらう。この場合、騒音を消していなくても被験者グループBの方が優れた結果を出すことが知られている。

 この実験から、騒音という集中力を阻害する要因だけでなく、その阻害要因をコントロールできるという状況、つまり環境を自分の意志でコントロールできるという状況が、集中力に影響を与えていることがわかる。

 このように、何かをコントロールできることは、心理的余裕となって私たちの能力を引き出す要因になる場合もある。だが一方で、自分自身が能動的に状況を支配したいという心理的欲求の強さは、時として周囲の動向とは逆の選択を取ることにつながりかねない。その点には、十分な注意が必要だ。

 コントロールに関してはまず、内的統制と外的統制の二つがあることが知られている。内的統制とは、事象の原因がどの程度自分に依存しているかという考え方であり、一方の外的統制は、事象の原因がどれほど他人や周囲の環境に依存しているかを示す。

 成功した場合、「自分の能力の賜物だ」とすべてを内的統制に基づいて解釈しようとする傾向があるし、反対に、やってはみたもののうまくいかなかった場合、「周囲の協力体制が整わなかった」、あるいは、「外部環境が妨げとなった」という具合に原因を自分以外の要因に転嫁しようとする傾向がある。

 重要なポイントは、実際に行動主体がコントロールの能力を実質的に有しているか否かではなく、主体が「自分自身にはコントロールの能力が備わっている」と認識しているかどうかである。多くの場合、コントロールできないことを支配できると思い込んでいる、すなわち「コントロールイリュージョン」を抱いていると考えればよい。