また、認知的不協和には、意思決定に対するコミットメント(責任)が大きく影響する。ここでいうコミットメントには、お昼に〝天ぷら〟を選択することから、高額の投資案件に関する意思決定までさまざまなものがある。いずれも共通していることは、意思決定を行うことによって、私たちが何らかのメリットを受ける可能性があると同時に、他の選択肢から得られるかもしれないメリットを受けられないということだ。意思決定に対するコミットメントが強いほど、不協和もより大きなものとなる傾向がある。

心を乱す「コミットメント」

 成功への欲求が高い場合など、思い入れが強くなればなるほど、手を引くことが合理的だとしても、その決断が下せなくなる。心は、常に「コミットメント」に縛られている。

 コミットメントとは、一般的には、「将来の行動を現在決めて、それを必ず実行することを約束すること」だ。実際のプロジェクトなどの場合、どれだけのお金をプロジェクト遂行のために費やしてきたのか、そしてそこに自分自身の時間と労力を、どれだけつぎ込んできたのかなど、その営みに対する資源投入水準の高さが大きな要素になることがある。投入水準が高くなるほど、そのプロジェクトを首尾よく完了させたいと思うのが、素直な人間心理だろう。

 ただし、この「完了させたい」という思いは、必ずしも経済的な利益を高めるとは限らない。時として、「多くの資源を投入したからやめるわけにはいかない」という心理を引き起こし、損益を度外視した意思決定がなされることすらある(図1参照)。

 誰しも、より多くの収益を獲得するに勝る喜びはないだろう。しかもできることならば、当初想定した戦略やシナリオ通りに事が進み、収益につながるのであればなおさらである。偶然で成功するよりも、自分自身のコミットメントが強いだけに満足度も大きいだろう。

 だが、自分自身のシナリオ通りに事が運ばない場合、特に想定とは逆方向に物事が進んでいく場合も、世の中にはいくらでもある。このとき、「失敗を認めて引き下がる」という意思決定を行うことは、実際には容易ではないはずだ。コミットメントが強ければ強いほど、その困難さはより強くなってしまい、がんじがらめになってしまうのだ。