一方、点Aから1単位利益が減少し、リファレンス・ポイントの水準まで戻ることは、大幅な「価値の下落」を意味する。

 2つの例を考えると、さらなる利益の拡大を目指して、結果的に大幅な価値下落を引き起こすよりは、実際に発生している利益で我慢して、それを確定することによって現在の価値を維持する方が、魅力的に思えないだろうか。

 次にポイントBを見てみよう。損失が発生している状態だ。このとき、その状態を維持したまま、さらに1単位損失を増やすことは、損失に対する感じ方がやや鈍くなる(感応度逓減という)ため、リファレンス・ポイントから1単位損失を増やして点Bに到達したときほど、大きな価値下落は引き起こさない(ネガティブな心理的ショックが薄れている)。

 一方、1単位損失が減少してリファレンス・ポイントまで戻ることは、大幅な価値上昇を意味する。

 これらの2つのケースを考えると、人は、「リスクを負ってでも、現状を維持して事態の改善を待った方が賢明だと思いがち」であることがわかるだろう。これは、行動ファイナンスでは「気質効果」と呼ばれるコンセプトだ。

◆価値関数と、2つのおかしな意思決定
 こうした価値関数を想定することで開けた展望は広い。たとえば、仮想実験や現実の経済活動の中で観察される次の2つの非合理的な意思決定を、整合的に説明することが可能となった。これは、伝統的経済学があきらめていたアノマリーの説明につながる快挙だったのだ。

①損失回避的傾向:一般的に、人々の利益と損失に対する態度を比較すると、同程度の利益よりも、損失の方を相対的に大きく評価しがちである。

②鏡映効果:意思決定者は、利益が出ている局面ではリスク回避的になる(現状の利益で満足する)一方、損失が出ているときは、リスク許容度が拡大し、リスク愛好的に行動する(リスクをとってでも事態の改善を待つ)傾向がある。あるいは、利益の出ている局面から損失の局面に移行すると、意思決定の仕方は大きな違いを見せる。

損失と利益は非対称――価値関数

 プロスペクト理論で中心的な役割を果たすものが「価値関数」である。ここで重要なのは、利益だけではなく、損失が発生したときの心理状況を十分に説明し得ることである。

◆リファレンス・ポイントで「非対称」な心を読み解く
 伝統的な理論を価値関数に当てはめてみると、プラスの価値が生じた場合(リファレンス・ポイントより右側)を主に考えてきた、とみなせるだろう。だが実際には、投資した株式が値下がりして損失が発生することは、十分想定されることだ。それゆえ、プロスペクト理論がマイナスの価値の領域(リファレンス・ポイントから左側)も考えて価値関数を作っていることは、とても重要な特徴である。なぜなら、リファレンス・ポイントからの位置関係、距離によって、主観的な価値を表現することができるからだ。