何が障害になっているのか、との私の問いに、「上層部の指示が必要だ」と誰かが答え、全員が頷いた。

「本気ですか?」私は驚いて言った。「考えてみてください」と少し声を大きくした。「誰もがあなた方の指示を求めているのですよ。あなた方が、上層部じゃありませんか」

「いや、違う」とどこかの部長が言う。「CEOはここにいない」

 私は言い返した。「CEOのせいだと言われるのですか? CEOから、ああしろこうしろと命じられるのを待っていると? あなたほどの幹部が? 本気ですか?」

 ぎこちない沈黙が流れた。そして私たちは、この会社を好転させるための作業に取りかかった。

 誰かのせいにするのは、愚かな戦略だ。誰もが見抜いているからというだけではない。不誠実だから、関係を壊してしまうから、あるいは自尊心を保とうとしながら実際には弱めてしまうからだろうか。否、人を責めるのが間違っているのは、もっと本質的な理由による。責めることで、人は学ばなくなるのだ。

 もしもあなたに落ち度がなかったなら、あなたが次にやり方を変える理由はない。ということは、ほぼ確実に、同じ失敗をいつか繰り返す。そしてまた、誰かを責めることになる。この悪循環が、よからぬ結果を招くのだ。

 私が最近コンサルティングを行ったあるCEOは、ビルというポートフォリオ・マネジャーを解雇した。彼の業績不振が理由ではない。投資成果が上がらないのを、自分以外のあらゆるもののせいにしたからだ。CEOがビルに求めていたことはただ1つ、自ら非を認めることだった。ところがビルは、自分が資金運用の失敗を招いたことを否定し続けた。

 CEOがビルをクビにしたのは正しかった。ビルが自分の犯した失敗を認められないなら、同じ失敗を明日も繰り返しかねない。そんな人間に、財布を預けられるだろうか?

 ありがたいことに、解決策はシンプルだ。ささいなことでも、自分に責任があるすべてのことに対して、責めを負うのだ。

 この解決策によって、他者を責めることで生じるあらゆるマイナスが、プラスに変わる。絆は強くなり、あなたの信用は高まり、自他ともに嫌な思いをしなくなる。透明性が強化され、自尊心が高まり、学習が深まり、問題が解決する。これは、万能薬に限りなく近い。

 その瞬間には感じられないだろうが、責めを負う(責任を取る)ことはあなたの立場を弱めるのではなく、むしろ強化する。まず、いったん何かに対して責任を負えば、あなたはそれについて何かをなすことができる。それがあなたの強みとなるのだ。