東京証券取引所による適時開示強化への評価と残された課題

 本稿では、2013年7月に実施された、東京証券取引所によるMBO等に関する意見表明報告書の中での、株式価値算定に関する適時開示の強化を題材に、実際に新しい開示情報によって、どの程度株式価値算定過程が検証可能か、について考察した。

 確かに、今回の開示強化によって、ある程度株式価値算定過程の検証は可能になった。それ以前の意見表明報告書においては、株式価値算定書の結論部分のみ(「DCF法による算定結果レンジは、○○円~××円」)しか開示されていなかったのに比べれば、今回の情報開示内容は格段の情報量の増加をもたらしたといえる。

 実際に被買収企業によって依頼され、第三者によって作成された株式価値算定書において、どのような将来業績が前提とされていたか、どのような継続価値を念頭においているか、割引率はどのようなものを設定したか、こうした情報が開示されることによって、少数株主は買取価格の計算前提に不自然さや恣意性がないかについて、(一定の企業価値評価手法に関する知識があれば)自ら確認することができるようになった。そしてこのことは、現経営陣と買手企業の間で暗黙のうちに、安価な対価で少数株主が株式売却を余儀なくされることに対する一定の抑止力になることは間違いない。

 しかしながら、今回実際に検証してわかったように、今般の開示情報を持ってしても、株式価値算定書の計算過程をすべて復元することは必ずしも容易ではない。それは、企業価値算定の細部において、継続価値計算の前提となる長期的業績の標準化において、減価償却費や投資水準について、どのように考えたのか、また複数シナリオに基づく予測の幅について、どのような仮定を置いたのか、といった、今般の開示内容ではカバーしきれない要素が残っているからである。それでは、今後さらに開示事項を詳細化するべきなのだろうか。そもそもの議論として、株式価値計算過程を投資家が自ら復元作業をすることが本当に有用なのだろうか。

 こうした問題を考える上で、ヒントになるのは、米国におけるMBO等の非公開化取引(Going Private Transactions)に関する開示規制である。

 米国においては、MBOを含む上場企業の非公開化について、米国連邦証券取引法(Securities Exchange Act)の Rule 13e-3によって、詳細な開示資料の提出が求められる。たとえば、昨年実施されたコンピュータ製造販売大手DellのMBOについての開示資料を見ると、MBOに至った経緯、経営環境の分析、そして、実際に買付価格の決定の際の判断材料とされた外部評価者による株式価格算定書(DCF法による価格算定モデルを含む)が添付されている。

 当たり前のことであるが、株式価格算定の前提を細切れにして開示資料に書き込むよりも、その算定書自体を開示した方が、はるかに一般投資家にとっては理解しやすいし、算定過程でおかれた様々な(細かい)仮定も一目瞭然となる。

 日本においても、株式価値算定書の作成を依頼すれば、Dellの開示資料と同じように、数十頁に及ぶ資料が作成されるのが通常である。にもかかわらず、現状は算定書本体の開示ではなく、売上高、営業利益、EBITDA、フリー・キャッシュフローといった要素を、敢えて算定書から転記して部分開示しているわけである。

 今般の検証作業でわかったように、今後、今般改訂された上場規定による開示が進んだ場合でも、算定書の計算結果が、開示資料の財務予測数値から十分に検証できないケースが発生する可能性は否定できない。筆者としては、今般の開示強化の対象となったMBO等の取引について、仮に更なる開示の充実が必要だとするならば、それは現在の開示方式の延長ではなく、算定書本体の開示ではないかと考えている。