私が食べ過ぎたあとで感じた痛みは、過度の満腹感から来るものだけではなかった。膨らんだ胃よりももっと痛みをもたらしたのは、失望感だった。

「こんなにお腹が一杯では、夕食を食べられない……」

 アリソンのディナーのすべてが私を夢中にさせる。魚料理は完璧だし、ワイルド・マッシュルームも素晴らしい。デザートも究極だ。私はホテルに着くかなり前から、ディナーを待ち焦がれていた。それなのに、どうやら諦めるしかないようだ。この失望感は、期待に胸をときめかせる喜びの時間を私から奪ってしまった。

 私に喜びを与えてくれるのは、ディナーそのものだと考えることもできる。たしかに食べている間はそうだろう。しかしその短い食事時間に比べて、楽しみに待つ時間はどれほど長いことか。

 実はこれこそ、私たちの意志力を高めるカギなのだ。意志力は、欲しいものをただちに手に入れられないという葛藤や緊張を克服するものだ。その葛藤に抗うのではなく、楽しめるとしたら、どんなに楽になれるだろう。

 業績評価で、「改善の余地あり」と評価された項目で進歩を示すにはどうすればよいか。行動を変えるということはたいていの場合、ある行動を起こすにせよやめるにせよ、誘惑に抗うことを意味している。

 たとえば次のようなフィードバックを受けることがあるだろう。しゃべりすぎだ、発言が少なすぎる、他のスタッフともっと協力する必要がある、もっと自力でやるべきだ、部下に干渉しすぎだ、あるいは、もっとリーダーシップを取るように――。変われるかどうかは、たしかに特定のスキルの獲得にかかっている部分もある。しかしほとんどは意志力と、その発揮を邪魔しないよう、十分な期間にわたって衝動を抑えられるかどうかによる。これはマネジャーとリーダーにとって不可欠だ。

 オフサイト・ミーティングで、これを見事に実践したCEOがいた。彼は直属の部下が成すべきことをわかっていたが、彼らが自分たちなりに問題に取り組み、最善の結論に達するのを静かに待つことができた。

 部下が行き詰っている時、特にあなたが結果に責任を持つ立場にあれば、割り込んで答えを与えたくなるだろう。部下もそれを期待しているはずだ。しかし、そうすればあなたに何もかも依存する組織文化が生まれ、失敗をもたらすことになる。

 今度、あなたが何かに誘惑されたなら、しばらくその緊張がもたらす喜びを味わうといい。それを誘惑の魔手とは考えず、期待を抱く気分を味わおう。

 自分が何を欲しているのかを考え、それを欲する気持ちを大事にして堪能するのだ。ひとたび誘惑に屈し、その葛藤や緊張を解き放つや否や、すべての喜びが消えてしまう――このことを意識しておこう。

 私はアリソンのディナーを楽しみに待つという喜びと、実際にディナーを味わうという喜びの両方を得るために、もう少し欲求の充足を先延ばしにすべきだった。残念なことに、ランチを食べすぎたために両方とも失ってしまった。

 スタンフォード大学のウォルター・ミシェルが行った研究(マシュマロ実験)によれば、目先の衝動に抗い欲求の充足を先延ばしする人は、他者との関係、経済活動、業績などさまざまな基準において成功する確率が高いという。

 私はこの基準にもう1つ、「喜び」を付け加えたい。


HBR.ORG原文:How to Use Temptation to Strengthen Your Willpower March 27, 2013

 

ピーター・ブレグマン(Peter Bregman)
CEOおよびリーダーにアドバイスを行う戦略コンサルタント。最新刊は『最高の人生と仕事をつかむ18分の法則』(日本経済新聞出版社)。