劉 積仁(Liu Jiren)
東軟集団(Neusoft)会長兼CEO、東軟情報大学創設者

「我社は中国のIBM、マイクロソフトではありません。独自のビジネスモデルをもっています」
                     ――劉 積仁

 劉 積仁氏は、1955年、中国東北部の遼寧省で生まれ、貧困の中で育った。十代の頃は、国営製鉄会社傘下の製鋼所で、危険な作業に携わっていた。そこでは、多くの同僚がけがややけどを負った。しかし、時計の修理や写真撮影、描画などさまざまな技術を独習で身につけた劉氏は、こうした技術のおかげで危険な仕事から脱け出すことができた。彼は、本社に異動になり、さまざまな技術を生かして仕事に励みつつ社内で人脈を広げていった。そして、社内選考を突破し、その会社から瀋陽にある東北大学に派遣される、たった2人のなかの1人に選ばれた。彼は同大学でも努力を重ね、博士号を取得した。劉氏が中国にソフトウェアパークをつくりたいという夢を初めて抱いたのは、アメリカ国立標準技術研究所でリサーチフェローとして働いていたときだった。その後、中国に帰国すると、東北大学に研究室を開いた。この研究室のウェブ・アドレスである「neu.edu.cn」が、彼が設立した会社の社名の元となった。

 東軟集団は1996年に株式公開した。当時の売上は約750万ドルで、利益は200万ドルに満たなかった。その後、売上は100倍以上に拡大し、売上の7%程度の利益をあげている。中国最大のITソリューション・ITサービス企業で、通信、エネルギー、金融、社会保障、ヘルスケア、製造業、運輸、教育などさまざまな業界向けにサービスを提供している。世界中の多くのデジタル家電、携帯端末、自動車、IT製品に同社製ソフトウェアが埋め込まれている。

 ビジネスで大成功をおさめた劉氏がもっとも誇りに思っているのは、中国にIT専門大学を設立する意思決定をしたことだ。現在3つのキャンパスがあるが、そのなかで最大の大連のキャンパスでは14,000人を超える学生が学んでいる。これらの大学は米国の単科大学に似たスタイルで、コンピュータ・サイエンス、ソフトウェア・エンジニアリング、ITマネジメント、デジタル・アート、英語、日本語など34の専攻を設置している。「母国に還元することが私の夢です。イノベーションを起こし、新しい事業を創造し、世界を舞台に戦う能力のある学生たちという資産をつくることが夢なのです」と、劉氏は語っている。