議論2:力は限られた者しか手にできない

 私たちが暮らす世界では依然として、強力で排他的なグループに属することで権力を得られる。それは教育機関でも(アイビーリーグ、エール大学の秘密グループ「スカル・アンド・ボーンズ」、ハーバード大学ロースクール)、仕事でも(マッキンゼー、グーグル、エクソンモービル)、人口統計上のグループ(白人、男性、非同性愛者)でも同様だ。こうしたグループに所属しても、もはや権力は少しも得られない、などと主張する人がいるだろうか?

 私が最近、友人であり経営思想の仲間だと思っていた人(白人男性)と話した時のことだ。あるアイデアを磨くのに力を貸してもらおうと、彼のもとを訪れた。すると、次のようなアドバイスをくれた。「君は褐色肌の女性だから、自分の意見で人々の注目を集めることはほぼ無理だろうね。意見を聞いてもらいたいのなら、もっと尖ったことを言う必要がある。でも、あまりに尖り過ぎると安全じゃなくなる。褐色女性の意見は、安全なものでないと人々に聞いてもらえない。だから、尖りすぎないことだ」

 その提案通りにできる、具体的な方法が果たして存在するのだろうかと、私は尋ねた。彼は床に目を落とし、首を振った。

 しかし、みじめなのはこの後だった。この話を他の人たちに語ったところ、返ってきたのは空虚な眼差しや、居心地の悪い沈黙ばかりだった。「そんなアドバイスはばかげている」とは、誰も言ってくれなかった。数日後、私はこう思い始めた――彼の言ったことは真実なのだと。自分の肌の色は、経営思想家として扱われるにはふさわしくない。自分のルーツが望ましくないから、自分のアイデアも正しくない。アイデアを聞いてもらうために重要なのは、アイデア自体の力ではなく、自分が「力のある人物」の型に当てはまるかどうかなのだ――。こんなふうに考え始めた。