好かれる人になりなさい

――説得に最も重要な要素は「信頼」ということでしょうか。

 いくつか言えますが、あえて1つ挙げるなら対人魅力でしょう。信頼性や人間力といってもいいのですが、やはり魅力ある人に説得されると人は動くのです。
 人間というのは99%、感情的な動物です。圧倒的に感情で動くものなのです。もちろんケース・バイ・ケースではありますが、仕事においても「彼はいい奴だから、この仕事を任せよう」「あいつは嫌いだからやめておこう」といった具合に、単純な好悪の感情が人の行動を左右することは多くあります。だからこそ、人に好かれるのは大事な要素です。対人魅力があれば説得力というのは増します。

――しかし、自分を嫌っている人に好かれるのは難しいと思います。

 簡単ですよ(笑) たとえば軽いお願いをして、相手に自分に何らかの好意を施させればいいのです。トルストイも「自分が人を好きになるのは相手が自分にしてくれたことのゆえではない。自分が相手にしたことのゆえである」と言っています。
 ベンジャミン・フランクリンは政敵を味方につけようと考えていました。そして相手が珍しい本を持っていることを知り、その本を貸してほしいと丁寧な手紙を書いたのです。相手はその本を貸してくれ、フランクリンはしばらくして本を返す時に、また丁寧なお礼状を添えました。そうしたやり取りをした後の議会では、相手の方から友好的な態度を示し、それ以後は彼の協力者となったというエピソードがあります。「自分が相手にこれだけの好意を施しているのだから、相手にはそれだけの値打ちがある」という意識が働くことで、友好的になるのです。
 ほかにも「ヒモの心理」というのがあります。ヒモに騙される女性心理を当てているものですが、「手助けしたのをきっかけに好きになった」という事実を、いつの間にか「好きだから手助けした」とすり替えてしまうのです。自分を正当化しようとする意識の働きですね。谷崎潤一郎の『痴人の愛』の主人公とナオミの関係は、まさにこれです。
 人が何かの行為をするときには、そこに理由と価値を求めます。嫌いな相手に本を貸す、金を貸した男を養う、といった行為に対して合理的な説明ができないと、人はその事実に合わせるように自分の意見を変えるのです。これも一種の説得的コミュニケーションによる効果です。認知の陰陽理論に従えば、潜在的認知が大きいほど、こうした反動は大きくなって現れるのです。

――対人魅力はどうすれば身につくでしょうか。

 努力で身につきます。類似性効果と呼ばれるものがあります。これは相手との共通項をつくり出す、あるいは見出すことです。趣味や服装、あるいは出身地などの共通項があれば、親近感をもつことで、相手にはより魅力的に映ります。また単純接触効果と言われるように、どんな相手であっても何度も接触することで、好感度というのは上がるものです。もちろん接触の際には、相手に不快な印象を与えないということが重要です。これは人に限らず、たとえば幾何学模様のようなものでも、何度も見るうちに好きになるといった実験結果が出ています。
 賞賛やお世辞といったものも有効です。営業の神様と言われたジョー・ジラードは自動車メーカーの営業をしていましたが、毎月顧客にカードを送っていたそうです。そして手紙の最後には手書きで “I like you.” と書いていたそうです。そうして彼はギネスブックに載るほどのセールスマンとなったのです。お世辞だったとしても、人は褒められればうれしいものです。褒めてくれた人を嫌う人はあまりいないでしょう。
 人というのは、自分が好きなものについてはいい面を見ようとします。自分が嫌いなものであれば、悪い面ばかり見ます。いい人だと思われるとほかの面もいい人だ、と思われるので説得力は高まるのです。
 人を説得するにはテクニックはいりません。本当に必要なのは人から好かれ、信頼されることなのです。そのうえで説得テクニックを身につければ、鬼に金棒となるでしょう。(了)

榊 博文(さかき・ひろぶみ) プロフィール
慶應義塾大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。スタンフォード大学留学後、慶應義塾大学文学部教授として長年教鞭を執る。専門は社会心理学。日本説得交渉学会会長、国際陰陽科学会会長、天津理工大学管理学部客員教授、成都理工大学情報メディア学部客員教授。『説得学―交渉と影響の理論とテクニック』『認知の陰陽理論 日本生れの態度変容理論』(おうふう)、『トップ営業が使う説得学』(ダイヤモンド社)など著書多数。